第18話「逸品」

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-マジョケテ軍本陣-

アイナビージョ「おお、敵が引いてゆくぞ。」

 

マジョケテ「どうやらアウカマンの猛攻に恐れをなしている様だな。」

 

アイナビージョ「右翼は右翼でミジャラプエ殿が

相手の奇妙な戦術を一度の矢を射て

黙らせてしまったそうじゃ。」

 

マジョケテ「南のマプチェ達め、やりおるわ。

ここはそろそろ夜襲を得意とするワシの出番じゃな。

アラウコの地にモルチェの梟王ありと知らしめくれるわ。」

 

アイナビージョ「パルタ殿の中軍も麓まで進軍したようじゃ。」

 

マジョケテ(そろそろ頃合いじゃな。ワシがここで決定的な大手柄を得ようぞ。今から行けば、双方が疲弊し切った頃にワシの軍の圧倒的な強さを見せつけてやれるわ。)

 

マジョケテ「アイナビージョよ、ヌシは後方を固めてくれ。

ワシの軍も撃って出るぞ。」

 

アイナビージョ「あい、分かった。」

 

 

-バルディビア軍本陣-

アルデレテ「想定より敵の勢いはありましたが、

大局の流れとしてはなんら問題もありません。」

オロ「ガスパル殿とアロンソ殿が二手に分かれ展開し、自然な形で後退し、今は合流し丘の中腹で敵を堰き止めているとの事です。」

 

バルディビア「そうか。

それでは新しく合流した彼らに花をもたせてやるとするか。」

 

アルデレテ「バルディビア様、

いくら度量がある貴方でも、ほんとにやつらに任せていいのですか?

しかも実行するのは身分も低いあの様な者に。」

 

バルディビア「問題ない、そしてこれから先は特に重宝する人材であろう。

同じアルマグロ派だったゴディニェス殿から、どの様な者か聞いておる。

あの手の手合いは、ある意味最も信頼がおける。」

 

アルデレテ「ゴディニェス殿・・あの不気味な仮面を被ってる御仁ですか?

私はあの者の話も信頼し切るのもどうかと思いますが・・」

 

バルディビア「言いたいことは分かる。

ただ、ワシらはゴディニェス殿を厚遇する必要がある。

時期がくれば戦場でも欠かせぬ存在になるであろう。

そして何よりあの財力。」

 

アルデレテ「その様な目論見があるのですね。

ただ、他の者はどうですか?」

 

バルディビア「ワシの麗しのアマンテとやり合ったそうだが、腕は確かな様だ。

直接顔を合わせたが、今の所は反旗を翻す事はないだろう。」

 

「はあ・・」

アルデレテは納得のいかない面持ちで頷いた。

 

 

-1年前 サンティアゴ/バルディビアの部屋-

モンロイ「バルディビア様、カスティニャダ殿をお連れしました。」

 

バルディビア「ご苦労。

所で例の件は順調か?」

 

モンロイ「はい。パステネと共にラ・セレナから9月4日に出航する予定です。」

 

バルディビア「そうか、よろしく頼むぞ。

モンロイ殿、ミランダ殿にこれを持っていってくれぬか。」

 

バルディビアは、モンロイに高価な装いのフルートを渡した。

 

モンロイ「この楽器は!懐かしい・・

ミランダと生き抜いた日々が甦ってまいります。」

 

バルディビア「お二方の危機を救ったのは、フルートと呼ばれる楽器だったと聞いておる。

これは、オロ殿が交易で手に入れた代物だ。

ワシはまるで楽器に関しては疎いが、ミランダ殿の様な者にこそ相応しい逸品であろう。

これがフルートであろう?」

 

モンロイ「ハッ、間違いありませぬ。

当時楽器の音色に何度も癒されたものです。

きっとミランダも喜びまする。」

 

バルディビアは穏やかな笑みを浮かべ頷いた。

 

モンロイ「それでは早速届けてまいります。」

 

バタン

 

モンロイはバルディビアの部屋を後にした。

 

バルディビア「カスティニャダ殿、失礼した。

貴君と話がしたくてのぅ。」

 

カスティニャダ「私も機会を頂ければ、一言礼を言いたい思っておりました。」

 

バルディビア「どうかな?この地での暮らしは?」

 

カスティニャダ「土地から使用人まで至れり尽せりで

何不自由なく暮らさせてもらっています。

有事の時にはなんなりと私め共をお使いください。」

 

カスティニャダ(こやつの意図がまるで分からん。これだけの厚遇をしてわざわざ俺たちを捕らえるという事は考えられんが・・俺たちを測ろうとしているのか?)

 

バルディビア「これは心強い、その時は頼りにしてますぞ。

所であやつの剣捌きはどうであった?」

 

カスティニャダ「あやつとは・・?

・・イネス殿の事ですね。」

 

バルディビア「なかなかの腕前であったろう?」

 

カスティニャダ「もしあの時頑丈な剣お持ちであったならば、私はここにいなかったやもしれませぬ。

そして、彼女の力は剛力で鳴らす男衆ですら舌を巻くでしょう。

あ、いや、失礼。」

 

バルディビア「良い良い、情熱的であったろう?

力の強い女子、大いに結構!

また、そんな所も魅力的でのぅ。」

カスティニャダ「はぁ・・」

 

バルディビア「なんとも言えない受け答えだな。

知らぬふりをしなくても良いぞ。

あやつとの間柄は、貴君なら気づいておるであろう。」

 

カスティニャダ(自分の愛人を痛めつけたのを理由に、何か因縁でもつけてくるつもりか?ここは素直に話を合わせるか。)

 

カスティニャダ「はい、関係に気付いた時には驚きと畏れを抱きました。」

 

バルディビア「ワシは強い女も好きだが、有能な人物も好きだ。」

 

カスティニャダ(ん、こちらを持ち上げようとしておるだけか?)

 

バルディビア「カスティニャダ殿、貴君は見ただけで有能なのは明白。」

 

カスティニャダ「ハッ!さらに結果を出し、

バルディビア様の目に狂いのない事を証明させて頂きます!」

 

バルディビア(ほう、賢いな。ここを謙遜したら、イネスの事を貶める事になるからのぅ。)

 

バルディビア「期待しておるぞ。
と、
ワシとあやつめに何かある時は、力になってくれ。」

 

カスティニャダ(負い目を負わせてるつもりなのか?それとも何か由々しき事でも起きるのか?)

 

バルディビア「ところで、貴君の連れには武に長ける者と、武器の扱いに精通してある者がいると聞いたが。」

 

カスティニャダ(少し大袈裟にアピールしておくか。)

 

カスティニャダ「1人はロレンツォ・マンリークと申しまして、様々な国の武芸に関する見識が広いです。

もしこの新天地で諸外国と衝突する事があるならば

彼はよりお役に立つでしょう。」

バルディビア「ほう、それは頼もしいのう。

して、もう1人はどのような人物なのだ?」

 

カスティニャダ「ディエゴ・ガルシア・エレロと申す者で、商人との取引などにも長けており、最新の武器から様々な武器の扱いに精通しております。」

 

バルディビア「それは興味深いのぅ。」

 

カスティニャダ「最近では《悪魔の乳房》と呼ばれる特別な臼砲を入手した様で、浮かれております。」

 

バルディビア「ほう、噂に聞く《悪魔の乳房》をか!

通常の臼砲より、長い飛距離、着弾後は広範囲の殲滅力 を有すると評判の!

近いうち戦が起こるのだが、エレロ君には活躍してもらおうかの。」

 

カスティニャダ「ハッ、その様な大任痛み入ります。」

 

バルディビア「ただ、気にかかる事があってな。」

 

カスティニャダ「と言いますと?」

 

バルディビア「エレロ君にはその逸品を

今度の戦まで手放さない様に、しっかり監視して頂きたい。

貴君の連れのギャンブル狂というのは彼であろう?」

 

カスティニャダ「・・その様な事までお耳に入っていたとは。」

 

バルディビアは真剣の面持ちをして口を開いた。

「もし手放す様な事があれば・・分かるな?

深い優しさはひっくり返されてしまうと、その深さの分だけ恐ろしい憎悪になるものよ。」

 

「心得ております。」

カスティニャダは神妙な面持ちで返事をした。

 

カスティニャダ(しかし、多少の脅しめいた物言いはあるものの・・なぜこんなにも大事に我らをもてなす?ここはぶっちゃけてみるか?)

カスティニャダ「少々お聞きしたい事が?」

 

バルディビア「何かな?」

 

カスティニャダ「私たちはいわくつきの流れものです。さらに色々な負い目もあります。

バルディビア様の力ならば

我ら如きの所有物など取り上げてしまえば済むもの。

なぜ、その様な配慮をされるのですか?」

 

バルディビア「ハハ。

率直な物言い、実に結構!」

 

カスティニャダはなんとも言えない顔をしている。

 

バルディビア「今この地にいるのは様々な派閥から流れてきた者たちが集結しておる。

富と力をお互い持ち寄り、ワシは助けられながら今チリ総督の地位におる。

強行的な采配振るえば、いずれは軋みとなり内側から崩れさるであろう。

ましてや、この地の原住民はインカ帝国のやつらよりも手強いとみている。」

 

カスティニャダ「そのような深いお考えがあったのですね。

原住民の件に関しても同感です。

この地の原住民たちは決して侮れる相手ではありませぬ。」

 

バルディビア「そうであろう。直接対峙した貴君なら尚更感ずるであろう。

ましてや、貴君は数多の戦場を駆け抜けてきた叩き上げの軍人と聞いておる。」

 

カスティニャダ「バルディビア様のものの見方に感服致しました。」

 

バルディビア「これからよろしく頼むぞ。

いきさつはどうであれ、ワシは有能なものを優遇する。」

 

「ハッ」

 

カスティニャダ(ロレンツォよ、バルディビアを頼ったのは、正解だったかもしれぬな。しかし、こんな所でエレロが役に立つとは・・)

 

バルディビア「最後に一つ尋ねる事がある。」

突如、緊張感のある空気が部屋の中に張り詰めた。

 

バルディビア「ワシら2人だけ・・

の会話は実に有意義であったな。」

 

カスティニャダは、バルディビアがこの後何を言い出すか、まるで予測がつかないでいる。

 

バルディビア「貴君は危うげな武器を所有しておるであろう?」

 

「はっ?

いや、失礼・・」

カスティニャダは咄嗟に怪訝そうな顔をしてしまった。

 

カスティニャダ「しかし、何のことやら・・

私はここにも丸腰で来ております。」

 

バルディビア「貴君はな。

武器という言い方はあまりに直接的すぎたかな。

そうだなぁ。

貴君の影、いやゴメス殿の影と言ったら分かるかな?」

 

カスティニャダは、自然に素早く頭をかいた。

 

バルディビアは、天井を隅に目をやりながら

軽く笑みを浮かべ話を続けた。

「壊すには惜しい代物だのう。

ワシですらすぐに気づけなかった。

その逸品であれば、あの歴史的な暗殺事件が遂行されてしまったのも納得がいくわ。」

 

カスティニャダ(鎌をかけておるのか?明らかにピサロの件の話だ・・こいつどこまで把握している?・・もう、殺るしかないか・・)

 

カスティニャダの微かな心の揺れをバルディビアは察知した。

 

バルディビア「ワシは惜しいと言っておる。

この意味わかるかな?

ここにいるのは、ワシら2人だけ。」

 

カスティニャダ(念の為アマルを忍ばせておいたのは不味かったか・・いや、これ程の情報網があるならば、いずれバレていただろう。バルディビア、想像以上に恐ろしい男だ。)

 

バルディビア「案ずるな、その逸品の使用は許可する。

ただし、明るみになった時は残念ながら貴君も・・」

 

カスティニャダ(・・アマルをこのまま抱えておくには・・)

 

バルディビア「はて、許可というのおかしいな?

 

カスティニャダ「?!」

 

バルディビア「ワシの繁栄の為に大いに役立ちそうだしの。

という訳で・・存分に使って貰う!

もちろん捨てる事も許さぬ。」

バルディビアは、まるで何気ない話でもしているかの様な言いようだった。

 

カスティニャダ(面倒な事になってしまったな。この男を甘く見ていた。)

バルディビア「ここへ帯同してしまったからには、そのくらいの責務は受け取って貰わないとな!

ハハハハ!」

 

「とんだ無礼を働きました。」

カスティニャダはバルディビアの目を見ながら謝罪した。

 

「まっ・・そのぐらい疑り深い方が頼もしいわ。

ワシの右腕のアルデレテを見ている様だ。

ハハハハ!」

バルディビアは、追い討ちをかける様に、いつでも襲って来いとも言わんばかりに背を向けて言葉を発した。

 

バルディビア「ただ貴君とは今後もっとリラックスして話したいのう。

次回は、貴君の足元から伸びる影だけだと嬉しいぞ。」

 

「ハッ・・」

 

カスティニャダ(こやつはチリ総督どころの玉ではないかもしれぬ・・)

 

 

-キラクラの丘中腹の山道-

カスティニャダ「と、言うわけだ。」

「なるほど、あのヤナコナの子の件もあって、

僕らはこの様な場所に配置されたのですね。」

ロレンツォは目の前の山道の窪んだ隙間に佇んでる木の樹冠に目をやった。

 

カスティニャダ「そうだ。

ただ、案外この場所は気が抜ける場所ではないぞ。」

 

ロレンツォ「今の所誰も通りませんがね。」

 

カスティニャダ「2人は通れない細い山道ではあるが、本陣に繋がる道でもある。

ここを抜かれると、もしもの事も起こりかねない。」

 

ロレンツォ「向こうは意外とこの山道に気付いてないんですかね。」

 

カスティニャダ「丘の上からでは容易に発見できるが、下から上がる分には分かりづらい場所ではあるな。」

 

ロレンツォ「しかし、ここの死神たちよりもバルディビア様の方が恐ろしいですね。」

 

カスティニャダ「ああ、敵に回すにはかなり危険な相手だ。

けどな、この勢力において俺たちが欠かせない存在になっていけば、奴ならば無下にはしないであろう。」

 

ロレンツォ「カスティニャダさんがそう言うなら間違い無いでしょう。

僕らはただ仕事をこなすだけです。」

 

カスティニャダ「むっ、どうやら本当に死神がやってきたようだぞ。」

 

ロレンツォ「随分太った死神ですね。

この道をギリギリ通れるくらい・・」

 

ボロボロの布を纏い、二挺の長柄の斧を各々の手に携え

無気味な出立ちの者が山道を駆け上がってきている。

その様は、まさに西洋における死神の様であった。

 

ロレンツォ「褐色のオーガに続き、今度はそのまんま死神ですか。

僕らの相手はなんでこんな化け物ばかりなんですかね?」

 

ロレンツォは剣を構えた。

 

樹冠では微かに葉が揺れ出した。

アラウコの叫び/本編

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