第7話「巨人」

15世紀以前のヨーロッパで作成された世界地図は、

一見あらゆる事を知ってるかの様に表現されていた。

 

当時の世界地図には、詳細不明な地域は省略し、

時には空想上の怪物までもが描かれていた。

 

コロンブスは新大陸を発見したにも関わらず、

彼の頭の中の知識通り、そこをインドと誤って解釈をしていた。

 

世界への無知を認識していないコロンブスの時代までが、中世だったと言えるかもしれない。

 

 

そして15世紀から16世紀では、

空白の箇所が描かれた世界地図が出回り、認識の転換期を迎えた。

 

1525年、フランチェスコ・サルヴィアーティの世界地図では、

アメリカ大陸に関して東海岸部分しか描かれておらず、西側は空白となっている。

 

埋め尽くす様に描かれていた前時代的な地図とは違い、

ヨーロッパ人は世界への無知を認め、空白の部分を目指して、大海原に漕ぎ出した。

 

アメリゴ・ヴェスプッチ、ヴァスコ・ダ・ガマ、フェルディナンド・マゼランなど多くの航海者により世界地図が成長していった。

 

ただ、当時のヨーロッパでは識字率が低く、

より関心を引く地図にする為

相変わらず様々なイラストが描かれていた。

 

航海者達は、未開の地の危険性や民間伝承、怪物などの話を大袈裟に伝え、

苦労のアピールをしたり、よりドラマティックに語っていたのではないだろうか。

 

そして、それらの情報が当時の地図に反映されていった。

 

時には、先住民の野蛮性を国王にアピールし、その地が侵略し易くなった事例もある。

 

コロンブスの時代の話ではあるが、
カリブ族の食人(カニバリズムの由来)の噂をイザベル王女に伝え、彼らを奴隷にする事が許可された。

 

先住民達は何かあればカリブ族とみなされ、

大義の元で都合よく蹂躙されていったとも言われている。

 

 

では、南アメリカ大陸での代表的な噂は何か?

 

それは巨人伝説である。

 

これも侵略の為に上手く利用された事例なのであろうか。

 

 

-1519年 南アメリカ南端沖-

幼い顔した少年が沖を眺めている。

 

年は7〜8歳ぐらいに見えるが、背丈はゆうに180を超えていた。

 

少年の瞳には鯨でもない、
見慣れぬ大きな物体が海を泳いでいる姿が映っていた。

 

 

-南アメリカ南端沖 船上-


「大分クルーが減ったな」
男の名はフェルディナンド・マゼラン。
後にヨーロッパ史上初となる世界一周を達成した艦隊の代表者である。

 

「サン・フリアンでの叛乱や海峡の突破で実質2隻の船を失いました。」
マゼランの側にいる男の名は、アントニオ・ピガフェッタ。
この艦隊の通訳兼地図制作者である。

 

マゼラン「あの海峡に何か名前をつけておきたいのう。」

 

ピガフェッタ「旦那様の名を取り、マゼラン海峡と名付けたらよろしいのでは。」

 

マゼラン「悪くない。
ピガフェッタよ、ワシが途中で離脱するような事があれば、お前がその名を広めよ。」

 

ピガフェッタ「何を弱気な事をおっしゃいます。
旦那様が離脱するとしたら、
それは海の端というものが存在して、
皆で奈落に落ちる時のみでしょう。」

 

マゼラン「ハッハ、ありえぬ。
あらゆる陸地は海でつながっておる。
もうすぐワシらを馬鹿にした奴らの驚く姿が拝めるわ。」   

 

マゼランは望遠鏡で陸地を覗き込んだ。

 

マゼラン「ん?サン・フリアンで見たパタゴン共の仲間か?
あやつも毛皮のような履物を履いておるな。」

 

ピガフェッタ「パタとは足や足跡を意味する言葉ですが、
あえて巨人の意味であるヒガンテとしないで、

パタゴンと命名する所に旦那様のセンスが光りますね。」

 

マゼランは得意げに笑みを浮かべた。

 

マゼラン「停泊せよ。もう少し奴らを確保する。」

 

ピガフェッタ「クルーや商品も減り多少スペースができましたし、
在庫をできる限り補充しておきたい所ではありますね。」

 

ザザーッ

 

マゼラン一行は陸に上がると嬉々としながら、先住民達に近寄った。

 

 

後にピガフェッタ達が世界一周を終えると、

世界地図は激変し、空白の部分が消えていった。

そしてマゼランの航海以降、多くの地図にアメリカ南端の地域に巨人の絵が描かれていく。

 

航海者の間で巨人伝説として尾ひれが付きながら噂は増幅し、ヨーロッパを賑わせた。

 

赤道付近の人々は身長が低く、北極や南極に近い人々は長身の傾向があるとも言われている。

 

現在も南極に行く場合は、アルゼンチンの南端から出発するのが主流である。

 

南アメリカ南東の地域はパタゴンの住む土地「パタゴニア」として、今なおその名は定着している。

 

 

-南のアラウコ 土手付近-
ラウタロは、グアコルダの元に駆け寄った。

 

ラウタロは眼前に身構えている3人に目をやった。

 

全身に棘の様なマントを羽織る虎の様な目つきをしていた。

 

男の名はレンゴという。

 

そして2人の仮面の者が身構えている。

 

ラウタロは目線を落とすと、そこにはナウエル、そして2人の仮面の者が地面に倒れていた。

 

ラウタロ(あのナウエルが・・)

 

「次は貴様か?」
詰め寄ろうとしてくるレンゴ。

 

ラウタロは他の2人を観察し始めた。

 

中央に位置するのっぺりとした仮面の者は、レンゴとエラが張った仮面の者に守られる様に佇んでいる。

 

ラウタロ(こいつが中心人物か?)

 

その刹那ナウエルが起き上がり、レンゴが首の向きを変えた。

 

「そこまでだ。」


ラウタロが冷静な口調で場を停止させた。

 

一瞬の隙を見逃さず、ラウタロは気配なく中央の者に近寄り、刃を突きつけていた。

 

(こいつは躊躇なく刺す者の目だ。)
レンゴはラウタロが脅しで言っているのではない事を感じた。

 

ラウタロ「なぜ襲ってきた?」

 

「此奴らは、彼の者の警護をしただけだ。」
レンゴはのっぺりとした仮面の者に顎を向けた。

 

ラウタロ「あんたら豊穣なる民だよな」

 

レンゴ「如何にも。
こやつらの地では不用意に要人の前に立つことは死を意味する。」

 

ラウタロ「ここは南の地だ、そんな道理は通用しない。
それとも、そちらの長は火種作りにあんたらを寄越したのか?」

 

レンゴ「さあな?」

 

ラウタロ(今俺が確保したこいつからだけ、まるで殺気を感じなかった・・)

 

膠着状態が続く中、ナウエルが口を開いた。
「さて、さっきの続きといこうか。」

 

レンゴ「ふん、その身体で我と戦うと?」

 

「一対一なら大丈夫じゃないかな。」
ナウエルはまるで友人に話すかの様な雰囲気でレンゴに言った。

 

レンゴ「一度地に臥した者が、よくほざくわ。」

丸腰のナウエルにレンゴの棍棒が振り下ろされる。

 

ブン

 

ナウエルは攻撃を躱わすが、レンゴの懐には入る事ができなかった。

 

空を切ったレンゴの一撃は大地を叩き、地面が破裂し土煙が上がった。

 

 

「えっ?これは?!」

 

レンゴが叩いた地面の中からピリャンのセンコンが顔を出した。

 

「なんでこんな所にこれが?」
ナウエルはすかさずセンコンを拾い上げた。

 

ナウエル「どうやら、この大地は僕に味方をしている様だな。」

 

「ぬかせ!」

ブンっとレンゴは棍棒を一振りした。

 

ナウエルがセンコンを振り回すと、レンゴは躱わしもせず片手で受けとめようとした。

 

レンゴの腕が攻撃で揺らいだ。

「ほう。」

 

ラウタロは、倒れている2人の様子を確認し、小声でグアコルダに言った。

 

「グアコルダ、ここから少し後ろに下がってろ。」

 

グアコルダが下がるのと同時に、エラの張った仮面の者に突進するラウタロ。

 

ラウタロ(やはりな。理由は分からないが、アイツは何もしない。)

 

ラウタロが人質に取った者は棒立ちでその場を眺めている。

 

エラの張った仮面の者は大きな分銅のついた縄に手をかけたが、

ラウタロが間合いを詰め刃物で縄を切断した。

 

そのまま腕を取り相手を倒し込み、身動きを取れなくした。

 

ナウエルとレンゴは、何合もお互いの得物を合わせ、攻防を繰り返している。

 

しかしレンゴの攻撃は加速していき、ナウエルは防戦一方となっていった。

 

レンゴの攻撃を捌ききるナウエルだったが、

突如レンゴは棍棒の持ち方を変えて変則的な攻撃を繰り出した。

 

ナウエルは意表を突かれ仰け反り、後退りした。

 

レンゴ「なめられたもんだな。
殺意無くして、我と渡りあえるとでも思ったのか?」

 

ナウエルは微笑みを浮かべながら、両手を広げた。

 

激昂するレンゴはさらに激しくナウエルに棍棒を打ち込んでいく。

 

 

ラウタロは相手の抵抗を上手くいなしながら、制圧状態をキープしている。
(ナウエルが防戦一方になるなんて・・
仮にナウエルが本気になったとしても、この相手は分からない。)

 

グアコルダは心配そうにナウエルを見守る。

 

その時、大きな手が彼女の頭に置かれた。

 

 

ドゴッ!ドン!ドス!

 

大きな影はのっぺりとした仮面の者に立ちはだかったが、

振りかざした手を下げた。

 

レンゴは目を開けると、眩しい太陽の日差しが飛び込んできた。

 

レンゴ(?!アイツらを含めてみなが倒れておる・・
あやつは!?・・無事の様だな・・)

 

 

「こらこら、
同胞同士で殺気立ってどうする?」
大らかな声が聞こえる。

 

「コイツらはお前らがここを出立するまで預かっておく。」

大きな影が仮面の者達の武器を抱えていた。

 

ナウエル「えっ?」

 

エルネイ「お前らの分もだ。」

 

ラウタロ達の武器も回収する大きな影。

「この件はこれで終わりだ。
文句があるなら、俺に言いに来い。
俺はエルネイってもんだ、じゃあな。」

 

エルネイは悠然とした雰囲気でその場を後にした。

 

レンゴ(何者?
我としたことが、赤子のように転がされて武器まで取られたと言うのか・・)

 

老人の仮面の者が、のっぺりとした仮面の者に声をかける。

「若、集会まで時間がありません。
レンゴ殿、この件はひとまず留保とし、お役目を果たしに行きましょう。」

 

レンゴは呆然としたまま一言発した。
「・・ああ。」

 

仮面の一行は、その場を後にした。

 

 

ナウエルはグアコルダに話しかけた。
「お前のにぃちゃんは、相変わらずだなぁ。
あいつらも呆気にとられてたな笑」

 

グアコルダ「お兄ちゃんが関わるといつもああなっちゃうね。」

 

ラウタロ「ああ、エルネイが関わると、
何もかもが些細な事に感じてしまう。」

 

 

-南のマプチェ クリナンチュのルカ付近-

「お前らは外で待ってろ。」
老人の仮面の者は他の2人の仮面の者に命令し、のっぺりとした仮面の者とレンゴと一緒にルカの中に入っていった。

 

「ようこそおいでくださいました。」
年老いた声の男はアイナビージョといい、

ペンコを拠点とした8つの地域を仕切る北のマプチェの一大勢力の長である。

 

ルカの中には、ラウタロの父クリナンチュ、

そして西の地域に住むモルチェ族の長マジョケテの姿があった。

 

老人の仮面の男「こちらが我らの若君カニオマンゲ様でございます。
以後お見知りおきを。」

 

「これはこれは若君、お会いできて光栄です。」
アイナビージョはうやうやしく語りかけた。

 

カニオマンゲは、豊穣の民特有の敬意を表す仕草で周りに向かって柔らかく応じた。

 

老人の仮面の男「私は下々の者を取り仕切るスルコと申す者です。
こちらが主から託された糧秣になります。」

 

「アイナビージョ様にはこれを。」
スルコはアイナビージョに様々な装飾品を手渡した。

 

アイナビージョ「おお、これはありがたい。
我が家の家宝にさせて頂きます。」

 

マジョケテ(ふん、狸めが・・)

 

スルコ「主より言伝をあづかっております。
領内に不穏な動きあり、真の標的は我らの財の可能性有り。
それゆえ此度の戦へは不参加とす。
との事です。」

 

アイナビージョ「左様か・・その可能性は大いにあり得る。
致し方ないだろ。
糧秣だけでも頂けたことに感謝しよう。」

 

マジョケテ(強欲じじい共が・・あやつめ、まずは様子見か。
しかし息子を使いに寄越しといて、

その従者に言伝を述べさせるだと、なめくさっておる。
だが、あやつの支援なしではこの戦は成り立たぬ・・口惜しい)

 

レンゴはマジョケテの微かなイラつきに勘づいた。

 

クリナンチュ「あなた方の主にもよろしくお伝えくだされ。
糧秣は有意義に使わせて頂きます。」

 

スルコは深くうなづいた。

 

クリナンチュ「それでは次に・・」

 

バサッ

 

レンゴの鋭い眼差しがルカの入り口を刺す。

 

エルネイ「すまない、遅れた。」

 

クリナンチュ「ちょうど今からお主の話になるとこだった。」

 

 

「おっ?そうか。」

エルネイは子供の様な笑顔を向けた。

 

クリナンチュ「主らも存じている様に、

エルネイはまだ敵対勢力にも存在を知られていない。
我々の最後の切り札と言っても過言ではない。
されど、いくら強力とはいえ海からの侵略者との
戦いに、エルネイを出すのは時期尚早だとワシは考える。」

 

アイナビージョ「だが、此奴の強さはもはや人ではない。
万に一つも死ぬ事がなかろう。」

 

クリナンチュ「おそらくそうではあるが、

先の戦の件でも信じ難い情報が多くあった。」

 

マジョケテ「獣の下肢を持つ人の様なものの出現。
さらにはイカズチを放つ筒まで所持していると報告もあったそうだな。」

 

クリナンチュ「左様、やつらは依然として得体が知れぬ。」

 

マジョケテ「確かにタワティンスーユの奴らだけならまだしも、様子見は必要か。」

 

クリナンチュ「出し惜しみするわけでは無いが、
圧倒的な力で奴らを一気にねじ伏せる。
エルネイの登場はそんな場面が良かろう。」

 

アイナビージョ「一理あるな。」

 

クリナンチュ「そこでだ。

エルネイ、お主にしか出来ないことを頼みたい。」

 

エルネイ「俺にしか出来ない事?」

 

レンゴはピクリと眉を動かした。

 

クリナンチュ「ここからさらに南の地に関しての噂は主も耳にした事があるだろう。」

 

エルネイ「ああ、妖の類や、最果てには伝説の巨人族が住む地があるんだろ。」

 

クリナンチュ「海からの侵略者も危険な存在ではあるが、
南の地もまた全貌が見えない。
そこで主に探索を頼みたい。
さらに巨人達が盟友となることを期待したい。」

 

マジョケテ「なるほどな。
それはこやつを単独で行かせるって事か?」

 

クリナンチュ「左様。
エルネイの単独行動ならば、まず死ぬことはないだろうとワシは考える。
また単独であれば、大ごとにならんじゃろう。」

 

マジョケテ「ワシは賛成じゃ。
巨人達が本当に存在するのであれば、
敵になったら脅威となるであろう。
北と南から挟み撃ちではいくら我らとて、厳しいじゃろう。」

 

アイナビージョ「そういう事であれば、ワシも異論ない。」

 

マジョケテ(良い塩梅になってきたな・・あやつの様な化け物が此度の戦加わったら、手柄は全て持ってかれてしまうじゃろう。)

 

スルコ「主としては、他の件に関しては一任するとの事です。」

 

クリナンチュ「あい、わかった。

エルネイの南方探索の件は決定事項とする。
これにて会議は閉会。」

 

アイナビージョ「さて、これから若人達の祭りか。
モルチェの地に赴くのも久々じゃのう。」

 

 

-アラウコ北西部-

「わしがこの祭事を仕切るパルタだ!!」

熟練の戦士の様な男が壇上に上がり、迫力のある大声で叫んだ。

 

 

 

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「アラウコの叫び」第7話目のCM

 

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