第6話「置かれし立場」

1542年11月20日神聖ローマ皇帝カール5世(カルロス1世)によりインディアス新法が発布された。

 

アメリカ大陸の植民地化に関する初めての人道的な法律ともされている。

 

この法律はコンキスタドール達にとっては都合の悪い法律であり、

せっかく苦労して利権を手に入れてきた彼らの頭を悩ませる事になった。

 

 

-コパカバナ-
キロガ「どうですか、任務の方は?」
風格のある貴族風の男が、騎士の様な身なりをした女に語りかけた。

 

イネス「小娘の子守りとしては、可愛げのあるものではないな。

はぁ・・さき程も拷問の指示を終えてきてばかり・・」
うんざりする様にため息混じりで女は答えた。

 

キロガ「相変わらず彼女に刺客がさしむけられているのですね。」

 

イネス「サンティアゴの一件依頼、

残忍な女というイメージが私に定着してしまった様だ。」

 

キロガ「ただそういった指示だけでなく、重要な任をおってらっしゃる。
今度のここの統治者が女性となったので、貴女がうってつけといった所でしょう。」

 

イネス「あんな小娘と恋愛話でもしろと言うのか?」

 

キロガ「はは。

確かに立場のある女性というのは、秘めた思いをお持ちかもしれませんね。貴女の様に。」

 

女は辺りを見渡し、男を睨みつけた。

 

キロガ「失礼しました。セニョリータ。」
深々と男は紳士的に礼をした。

 

イネス「ところでセニョール キロガ。

いい加減、その呼び方をやめて貰えないか?」

 

キロガ「貴女も分かってるでしょう。

現状、セニョリータとお呼びした方が適切である事を。」

 

イネス「分かってる、分かってる!
けど、誰もこの場にいないだろう。」

 

キロガ「ダメですよ。

呼び名というのは常日頃から徹底していないと、思わぬ所で疑惑の目を持たれてしまいます。」

 

イネス「はあ・・窮屈なものだな。
最近の私の暮らしは。」

 

キロガ「貴女は様々な功績により、立場のある状態。
ただ悪い事ばかりではないでしょう。」

 

イネス「そうではあるが・・
そう言えば、私達がインカ帝国と呼んでるものは、

こちらではタワンティンスーユと呼ぶらしいな。」

 

キロガ「スーユとは邦や州の様な意味があるらしいですね。

で、タワンティンとは4を意味すると。」

 

イネス「北西部のチンチャイ、北東部のアンティ、南西部のクンティ、ここ南東部のコリャで構成されてるらしいな。」

 

キロガ「左様で。

特にコリャスーユは、チリへの足掛かりとなる重要な地域とも言えます。
そこでバルディビア様が目を付けたという所ですね。」

 

イネス「あの人にとっても大事な時期だな、ほんと。」

 

キロガ「はい、なおさら我々も気を引き締めていかないとですね。」

 

イネスは少し俯いてため息をつきながらも、どこか嬉しげな表情をしていた。

 

そして一呼吸置き、キリッとした面持ちで顔を上げて呟いた。

 

イネス「さて、小娘の様子でも見にいくか。」

 

 

-コパカバナ宮廷-

 

オトナ「よいな、賊への警戒を怠るでないぞ。
眠くなった者、疲れた者は遠慮せず交代せよ。
警護の質が大事という事を忘れるな!」

 

兵士「ハッ!肝に銘じております!」

 

 

「精が出ますな。」
一人の男が、警護を指示している男に声かけた。

 

オトナ「これは、ママニ殿。」

 

男の名はママニといい、穏やかだが相手の裏側を覗き込む様な眼差しを持つ、どこか食えない雰囲気のある人物である。

 

ママニ「人手が足りない様でしたら、私の手の者も配置させますよ。」

 

オトナ「ご厚意は有り難いですが、貴君の手を煩わせる程ではありませぬ。」

 

オトナは表情を変えぬまま、丁重な雰囲気で答えた。

 

ママニ「私と貴方は、今やコリャスーユにおいて同じ立場。
お互い15名からなるトクリコクの1人ではありますが、

貴方がその中でも特別な存在だと思っております。」

 

オトナ「いえいえ、何をおっしゃいます。

貴君からその様な言葉を頂くのは恐縮です。」

 

ママニ「私たちルパカ王国の者は長年強者についてきました。
今や私たちが従ったタワティンスーユは力を持ちませぬ。」

 

オトナの表情が少し歪み、微かに感情的に言葉を発した。
「滅多な事をいうものではないですよ。」

 

ママニは変わらぬ口調で微笑みながら言葉を続けた。
「私はただ貴方と腹を割って話したいだけです。」

 

オトナ「その様な事をあけすけに話す方とは言葉を選んで話さざるを得ません。」

 

ママニ「オトナ殿はそれで良いのです。
私たちは、相手の力如何により毒にも薬にもなります。」

 

オトナ「相手の力如何とは?」

 

ママニ「改めて言うなれば、

貴方がたの勢力が優勢であれば、

私たちは強力な味方になるという事です。」

 

オトナ「・・・」

 

ママニ「貴方が育ての親の様に接してきたチカ様は、今やコリャスーユのアポクナス。」

 

オトナ「とは言え、チカ様がコリャスーユの統治者ではありますが、

新勢力の支援があってのもの。」

 

ママニ「チカ様がアポクナスになるには若すぎるという声もあり、

妬む方々もいらっしゃる様ですね。」

 

オトナ「実際、流行病で皇族の方々が次々と亡くなり、

チカ様が異例の抜擢となったのは事実です。
快く思わない方もいるでしょう。」

 

ママニ「貴方の願いは、チカ様の幸せですか?

それともコリャ王国、いや失われた大帝国の復興ですか?」

 

オトナ「・・・私は、ただチカ様の幸せを願うばかりです。」

 

ママニ「傀儡の王女となるのは幸せでしょうか?」

 

オトナ「何が言いたいのです?」

 

ママニ「仮に何か事を起こす時、

もし貴方がたに力がある確信がある様なら私にお声がけください。
きっと、その時は強力な力になりますよ。」

 

オトナは少しの沈黙の後、笑いながら口を開いた。


「ママニ殿、ご冗談が過ぎますぞ。
貴君の言葉遊びで、誰かの首が飛びかねない。」

 

ママニも呼応する様に笑った。
「少しは緊張感がほぐれましたか?
ルパカ風の冗談もたまには悪くないですよ。
それでは。」

 

ママニはその場を離れようと背を向けたが、

すぐに振り返りオトナに再び話しかけた。

「そうそう」

 

オトナ「まだ何か?」

 

ママニ「これをチカ様の護身用にどうです?」

 

オトナ「これは・・」
ママニの手元を見てから、少し怪訝そうに顔上げた。

 

ママニ「ご安心ください。
その武器の握る部分をご覧ください。
石が埋め込まれているでしょう。」

 

オトナ「この石は!?
貴君の一族の家宝の3つの石の1つではないか。」

 

ママニ「おっしゃる通りです。
そしてこの石は毎日私が無事であるか確認する義務があり、

もし失くなっていたなら即座に大騒ぎしなくてはいけません。」

 

オトナ「なるほど、

実は数日前から家宝が失くなっていたなんて言い逃れは出来ない訳か。」

 

ママニ「流石、お察しが良いですね。
これがくすねてきた物であったり、要人を殺めてきたいわく付きの代物であるならば、

私のせいに出来るでしょう。」

 

オトナ「貴君はなぜそこまでする?」

 

ママニ「チカ様が安全である事は、私どもにも都合が良いからです。」

 

オトナ「ふむ。今の所は・・というとこですかな。」

 

ママニはどうぞと武器を差し出す様な仕草をした。
「私に妙な貸しを作りたくないでしょうし
貴方のその腕輪と交換でどうでしょう?」

 

オトナ「こんなありきたりの物で良いのですか?」

 

ママニ「黄金は彼らとの取引に非常に役立ちます。
今なら人気もございませんので、試し撃ちをしてみて下さい。」

 

ママニはオトナに銃の使い方の手ほどきした。

 

オトナは銃を構えた。

 

ドシュン!

 

 

-アウカマンの住居付近-

エルネイの背を目掛けて、斧が迫っている。

 

ガシッ!

 

エルネイは後ろを向いたままマイロンゴの投げた斧を流れる様にキャッチした。

 

エルネイ「こいつは丁度いい。」

 

エルネイはそのまま手にした斧で、ルカの修理に使いだした。

 

その様を見ていたマイロンゴ達は、驚きの表情を隠せないでいた。

 

エルネイは遠く背後にある気配を感じながら、目線を斜めに落とした。

 

エルネイ「口は禍の元ってか。
しかし、どうして人は人を蔑むのかね。」

 

アウカマン「他の地域では、ルカを直すってのは、下働きのやる仕事らしい。
強者に見えるが弱い立場。
そういった者は力を誇示するのに格好の獲物ってところなのだろう。」

 

エルネイ「強者ねぇ。
ここを除けば、この世界は強さが最も価値のある事とされているらしいな。
しかし、単純に強い奴が他の要素を加味せずに、最も高い地位にあるままでは、北の二の舞になるだろな。」

 

アウカマン「そうだな。」

 

エルネイ「アンタの息子は、最強の戦士になるかもな。
けどよ、アンタや俺と同じで、上に立つって柄じゃないよな。
余程の事でもあったら別だが・・」

 

アウカマン「そうだな。」

 

トンカトンカン・・・

 

 

-コパカバナ宮廷-

チカ「なんじゃそれは。」

 

オトナ「ペドレニャルと呼ばれるもので、俗に銃と呼ばれている代物です。
この引き金を引くと、凄まじい殺傷力を生み出す兵器です。」

 

オトナはチカに小型の銃を手渡した。

 

チカ「面白そうじゃのう。」

 

オトナ「お納めください。我らの置かれている状況は芳しくありません。
我らの象徴である貴女様は何としても生き延びなくてはなりませぬ。」

 

チカ「案ずるな、わらわを誰だと思っておる。」

 

オトナは銃をチカに渡しながら、念を押すように言った。

 

オトナ「くれぐれも、こちらを所持していることは気取られぬように。」

 

チカ「分かっておる。」

 

チカはまじまじと小銃を眺めながら、オトナに語りかけた。

 

チカ「ところで、

最近奴らの言うサンティアゴなる都市で、マプチェが騒いでおったそうな。」

 

オトナ「はい。

厳密にはピクンチェ族の者です。

ミチマという者を筆頭に小競り合いがあった様です。」

 

チカ「ふん。

マプチェや、ピクチェは元々我らの傘下から離れていった者達だと聞くが。
みな散り散りになり、新たな脅威の中で、かつての同胞達が踊らされておるな。」

 

オトナ「時代の流れは目まぐるしいですな。
かつては我らの影響下にあり一部族に過ぎなかったクスコの民が全土を支配したかと思えば、すぐさま海の果てから新たな勢力が現れ世界は一変してしまいました。」

 

チカ「そう言えば、先ほど話してたミチマとやらの争いを収めたのは、何やら女だったと聞いたが。
もしや、あやつか?」

 

コツコツ・・

 

チカ達に足音が近づいてきた。

 

チカは咄嗟に小銃を懐に忍ばせた。

 

 

イネス「ご機嫌いかがです?女王様。」

 

チカ「非常に快適でございます。

イネス殿、わらわは地域の一統治者に過ぎませぬ。
ご冗談だとしても、どうかその呼び方をおやめ下さい。」

 

イネス「インカ帝国への配慮でしょうか?
気にする事はありませんよ。
我らの国で新たな法律が出来ました。
その内容を聞けば、ご納得いただけるでしょう。」

 

チカ「法律とは何でしょうか?」

 

イネス「取り決め、そうですね・・ここでいう掟の様なものですね。」

 

チカ「左様でございますか。
して、その法律とやらの内容はどの様なものなのでしょう?」

 

イネス「この大陸の民達が幸せに暮らせる世を作る為の法律です。」

 

チカ「どう言った事でしょう?」

 

イネス「インカ帝国は、インカ皇族以外は搾取の対象であり、圧政を敷いてきました。」

 

チカは心中で
「それはお前達も同じだろう。」と呟いたが言葉を飲んだ。

 

イネス「貴方様はこの大陸に君臨した失われた帝国のティワナク皇族の血を引く身。
彼の帝国は争いのない豊かな統治をしていたとお聞きしております。」

 

チカは微かに唇を噛んだ。
「それで体の良いわらわを担ぎ出してきた訳か・・」

 

イネス「我らは、新法によりインカ帝国から虐げれてきた人々を解放する手助けをしていきます。」

 

オトナは表情を変えずに心の中で呟いた。
「確かこやつらの搾取が酷いから、こやつらの本国で新しい法律が出来たと耳に挟んだが・・」

 

イネス「貴方様はインカ皇族の血を引きますが、

それ以上にティワナクの血統を重んじておられるのではないですか?」

 

チカ「わらわが生まれた時から、インカ帝国は存在しております。
わらわの血統に関しては複雑すぎて実感はありませぬ。」

 

イネス「お察しします。
ただ争いを好まぬ想いは、貴方様と我らとて一緒だと存じます。
共に平和な世界を築かせてくださいませ。」

 

チカ「イネス殿のお気持ちは素晴らしいと思います。
ただ、王女という呼び名はこそばゆくあります。
やはり役職としてアポクナスとお呼びくださいませ。」

 

イネス「現状の制度を重んじてらっしゃっるのですね。
かしこまりました。
アポ・・アポ・クナス・・」

 

チカは笑顔でイネスに伝えた。
「言いづらいですか?
わらわと貴方の仲なので、ここではチカで良いですよ。」

 

「恐れ入ります。
何か身辺に異変がありましたら、すぐに私めにご報告下さい、チカ様。
それでは、失礼いたしまします。」

 

イネスも笑顔で答え、その場を後にした。

 

コツコツ・・

 

 

チカはコパカバナの湖を眺めながら、呟いた。
「息苦しいオナゴじゃのう・・」

 

 

-南のマプチェ 河原-
川面に映るナウエルの顔がユラユラと揺れている。

 

ナウエル「ちょっと長く水浴びしすぎたな、先上がってるよ。」

 

ラウタロ「ところで、今日の祭りには参加するのか?」

 

ナウエル「うん、僕は免除って立場だけど・・

色んな地域の奴らがやってくるんだし、直に彼らを知りたいんだ。」

 

ラウタロ「これから共に戦っていく仲間ってとこか。」

 

ふと、ナウエルは遠くに目をやると1人の少女がこちらの方角へ歩いてきている事に気が付いた。

 

ナウエル「あれ?
グアコルダがこっちに向かってきてるね。」

 

 

グアコルダ「あ、ラウタロ達だ。」

 

グアコルダはラウタロ達の元へ向かおうと駆け出した。

 

グアコルダが駆けている進行方向の先に、奇怪な仮面を被った者達が迫っていた。

 

仮面の一行の1人が、両袖から棒のような物を伸ばし、攻撃体制に入ろうとしている。

 

 

ラウタロ「まずい・・グアコルダ・・」

 

「そこから離れるんだ!!」
ラウタロは大声で叫んだ。

 

 

グアコルダが呆気にとられている。

 

「ちょっと、ごめん」
という声と共に、グアコルダを突き飛ばした者がいた。

 

いつの間にかナウエルがグアコルダのとこまで駆けつけていた。

 

双棒の者は、すぐさま標的を変えてナウエルに襲いかかった。

 

が、ナウエルは双棒をしなやかに奪い取ると、その棒で相手に打撃を加えて転倒させた。

 

老人の様な仮面を被った者が刃の付いた無数の縄を操り、即座にナウエルを狙い始めた。

 

ナウエルは最低限の動作で、縄の刃を躱していき、あっという間に次の標的との距離を詰めた。

 

間髪入れずに、ナウエルは双棒で相手の首元を突き宙に浮かせて、遠くへ投げ捨てた。

 

「しまった!」
ナウエルは複数人との攻防のせいで、自身の背後に迫りくる棍棒に気付くのが遅れていた。

 

そしてナウエルは棍棒の餌食となり、血飛沫を上げながら吹き飛ばされた。

棍棒の持ち主は、仮面を被っておらず虎の様な目つきをした威圧感を醸し出していた。

 

 

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「アラウコの叫び」第6話目のCM

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