第30話「純白のドレス」

-1548年4月クスコ-

「兄さま・・」

フードを深く被り、布で口元を覆い

目立たぬ場所から絞首台を見つめる者がいた。

ハキハワナでの戦いはゴンサロ軍の完全敗北となり、

ゴンサロに加担した何人かは〈危険視すべき反逆者〉として、クスコで絞首刑の判決が下された。

 

ゴンサロ・デ・ロス・ニドスはその中の1人であった。

処刑場には、特別に高さのある絞首台が設置されていた。

ニドスはその長身ゆえに

処刑される者の中でも一際目立っていた。

 

「おいおい、あれじゃ足がついてしまうのではないか?」

 

「あいつもゴンサロ一味なんだろ。

異様な手足の長さだな・・まさに悪魔よ・・」

 

「あれこそアンデスの悪魔だろ。」

 

「あの冷たそうな目。

ゴンサロ同様、とんでもない悪党っぽいな。」

 

ドニャは唇を噛み締めた。

 

処刑官「それでは刑を執行する」

 

ニドス(妹達よ、幸せにな・・)

処刑官はニドスの頭を荒々しく掴むと、

舌を引っ張り出した。

 

「なんだあれは!正に悪魔の舌だ・・」

 

ニドスの舌は異様に長く、大衆はざわめき出した。

 

処刑官の隣にいた男が叫んだ。

「皆の者聞けぇい!

この男は

皇帝の身辺の方々を罵った罪もあり、舌を切る事になっておる。

帝国に刃向かった者の末路、とくと見よ!」

 

処刑官はニドスの舌に刃を当てた。

 

ブシャ!

 

血が飛び散ると、処刑官はニドスの頭を後ろに引っ張り

ニドスの顔が大衆へ向けられた。

 

「なんと奇妙な・・」

ニドスは微動だにする事なく、

ただただ彫像の様な口から血が流れ続けている。

 

ニドスの整った顔がより大衆にその様な印象を与えた。

 

ドニャはその様を見ながら、

同じく唇から血を滴らせていた。

 

「吊るせ。」

冷酷な声の元、

もがく者、微動だにしない者と様々であったが、

処刑者達の身体は等しく地上から遠ざかっていった。

 

ズルズル・・

 

他の者と同様に天に近づくにつれて、

ニドスの頭の角度も傾いてゆく。

 

次第に他の処刑者達の顔の表面から眼球と舌が

外に突き出ていった。

 

ニドスだけが眼球のみ大きくなってゆく。

 

涼やかで壮麗だった兄の顔が

別人の様に変わっていった。

 

まるで無機質で美しい人形が

おぞましく朽ち果ててゆくかの如く。

 

それでもドニャは

乾きを潤す様に抱きしめる眼差しで、

兄が果てるのを見届けた・・

 

 

-数日後-

身なりの良い男が絞首台の広場への道を歩いていた。

 

男は道の途中で白いドレスを纏った長身の女性とすれ違った。

(ん、あの者は・・)

男は飛び抜けて高い絞首台の前まで来た。

 

「そうか・・

あんたは最後まであちらについていたのか・・」

 

物言わぬ亡骸に男は言葉を続けた。

 

「あんたも誘いたかったんだけどなぁ。

実はな、俺は俺の国を作ろうと思ってる。

俺ならもっと上手くやれるだろう。」

 

ニドスの服が風でバタバタ揺れている。

 

「結局俺たちは搾取される側よ。

じきにまた締め付けが厳しくなると踏んでいる。

頃合い見て事を起こそうって所さ。」

 

男は懐から金貨を取り出した。

 

「お互い槍を交えたよしみだ。」

そういうと男はニドスの衣服に金貨を忍ばせた。

 

「そうそう、さっきあんたの妹とすれ違ったかもなぁ。」

 

ブツッン!

 

その時だった劣化した縄が切れた。

 

「な!?」

 

ニドスの亡骸は

男を押し留めるように、覆い被さってきた。

 

「わ、わかったよ・・

あんたの妹には近づかない。」

 

男はニドスを丁寧に寝かせると、その場を去った。

 

「じゃあな。」

 

男は政府とゴンサロとの争いに巻き込まれながらも

タイミング良く身の振り方を変え、

生きながらえきたエルナンデス・ジロンだった。

今ではクスコでエンコミエンダまで手にし、

優れた経営手腕で順調に財を成そうとしていた。

 

 

-1549年10月28日 クスコ市庁舎-

「ドニャ・メンシア・デ・ロス・ニドス、只今到着しました。」

ベニート「よく来たな。

クスコでの暮らしに不自由はないか?」

 

ハキハワナの戦いを前に政府側についた功績により、

有力者のベニート・スワレス・デ・カルバハルは、

その年の9月にクスコ市長兼司法長官に任命されていた。

 

ドニャ「はい、お陰様で。」

 

「ドニャよ。

これからも遠慮なく私を頼ってくれ。」

そう言うとベニートはドニャの手を両手で握りしめた。

 

ドニャ「ありがとうございます。」

 

ベニート「お前も年頃の女。

あんな事もあり、1人で生きてゆくのは

辛いであろう。」

 

ドニャ「いえ、今も変わらず私の中で兄さまは生き続けております。」

 

「そうか。

誰かよいひとはおらぬ様だな。」

そう言うとベニートは2つグラスを手に取り、

テーブルに置いた。

 

ベニート「良いワインが手に入ってな。」

 

ドニャ「それはメンシアのワインですね。」

 

ベニート「そう、丁度お前の名にもメンシアの名があるな。

一杯付き合ってくれぬか?」

 

ドニャ「私でよければ。」

 

ベニート「私も市長になり立場のある身、なかなか心を許せる者がいなくて寂しい日々なのだ。」

 

そう言うとベニートはワインの封を切り、

赤黒いワインがグラスに注がれていった。

ベニート「ここからでも、すみれの香りがするであろう?

それにラズベリーにバニラと様々なものが加わった逸品よ。

女のお前でもきっと気にいると思うぞ。」

 

ベニートはドニャにグラスを渡した。

 

ベニート、ドニャ「サルー。」

 

2人はグラス重ね、お互いの目を合わせると

ワインに口をつけた。

 

ベニート「せっかくだ、こちらで飲もう。」

 

ドニャはベニート共にバルコニーに出た。 

 

ベニート「どうだ?

市長室から眺める景色はなかなか絶景であろう?」

ドニャはクスコを一望できる夜景を眺めた。

 

ベニート「気品のある香り聡明な味わい。

しかし、舌で転がせば濃厚な味わいが押し寄せてくる。

気に入ってもらえたか?」

 

ドニャ「美味しゅうございます。」

 

ベニート「気品があって聡明、メンシア種は

正にお前の様であるな。

よりお前を知る事が出来れば、

このワインの様に濃厚な側面があるのかのぅ。」

 

少しの沈黙の後、ドニャは口を開いた。

「いえいえ、私など・・

日々を生きるのにやっとです。」

 

ベニートはドニャの腰に手を回した。

 

ベニート「ドニャよ。

これからは私の事を家族だと思ってくれて、

構わない。」

 

そう言うと、ベニートは再びドニャとグラスを合わせた。

 

ベニートはドニャの目を見つめた時にハッとした。

ベニート(そうか・・私はあやつに魅入られておったのか・・)

 

ベニートは自身でも気づかなぬ内に、

ドニャの顎に触れようとしていた。

 

しかしベニートの手は寸での所で長さが足りず、

ドニャの顎には物理的に触れる事が出来なかった。

 

ドニャは静かにベニートの手に触れた。

 

ドニャ「ベニート様・・

貴方は妻子があり立場もある身、

この様なお戯をされ、貴方に何かございましたら

私は兄に顔向け出来ませぬ。」

 

ベニートは意に介さず、解き放たれた様に言葉を発した。

「お前の兄も心配しておったぞ。

お前にはまるで男の影がないと、、

この機会に知ってみてはどうだ?」

 

ベニートはニドスが腕が立つから

可愛がっていただけではなかった。

 

ベニートはニドスの顔の美しさ、手足の長さ、ミステリアスな存在感にも無意識に惹かれていたのである。

 

兄の面影をドニャに重ね合わせ、

しかも今目の前にいる存在は女性である事に

自分の中の何かが納得をし

気持ちが抑えられなくなり

より露骨に言葉を吐露した。

 

ベニート「私は今確信した。

我を忘れる程、其方が魅力的な事に。

兄同様、心の内が見えない其方の

内面をもっと知りたくて堪らないのだ。」

 

ベニートは力強く、ドニャを抱きしめようとした。

 

ドニャ「おやめくだされ。」

 

ドニャは兄の事をこの様な場面で取り上げた事に、

憤りを覚えベニートを力強く振り解いた。

 

ドン!!

ベニートの硬直した顔は次第に小さくなってゆく。

 

ガシャ!!

 

グラスと共にベニートはバルコニーから落下していた。

 

 

バルコニーの下には1人の男の姿が見えた。

 

「おいおい、とんでもない場面に遭遇してしまったなぁ。

ありゃりゃあ・・これは助からぬ・・」

 

「誰かおらぬかー!」

 

ドニャは、バルコニーから咄嗟に身を隠した。

 

衛兵「どうなさいました?ジロン様」

 

衛兵「ベニート様!!」

 

ジロン「丁度あそこのバルコニーで酒に酔ってフラフラしてたベニート殿を見かけてな。

そうしたら、不運にも落下してしまった様だ。

なんともいたましい・・」

 

ドニャは、カーテン越しに目を一瞬見開いた。

ベニートの死は、

クスコの有力者であるジロンの証言により

転落死とされた。

 

 

-ジロン邸-

「ジロン様!

先ほど白いドレスのご婦人がやって来て、

貴方様にこれをと。」

 

ジロン「白い服のご婦人?」

 

そういうとジロンは小包を開けた。

 

ジロン「これは・・

一枚の金貨がこんな大金に化けるとはな。」

ドニャは同年クスコを離れ、

姉妹夫婦を頼りチリに渡り、

コンセプシオンでひっそりと生活をする事になる。

 

※ ベニートの死は、転落死とされてはいるが、真相は不明である。

 

 

-コパカバナ-

オトナ「チカ様、金色コウモリの血でございます。」

 

ゴックン!

 

チカ「グハッ!」

オトナ「大丈夫ですか?!

お召し物が・・」

 

チカ「気にする事はない。

どうせ奴らの献上品よ。

こんな真っ白い服を寄こす方が悪いのじゃ。

しかもこの様な動きにくい服、まるで拘束具よ。」

 

オトナ「確かにそうやって我らの文化は

閉じ込められてゆく様ですね・・」

 

チカ「しかし・・いつ飲んでも、慣れぬものだな。」

 

オトナ「我慢してくださいませ。

チカ様の発作を抑えるのには

欠かせないものですので。」

 

チカは不味そうな顔をして、

血がかかったドレスで、舌を出して戯けて見せた。

チカ「そう言えば、

近隣ではあやつらが持ち込んだ山羊なる生き物の血が

吸われる事件が多発しているらしいな。」

 

オトナ「おそらくコヨーテか何かの仕業でしょう。」

 

チカ「所で例のバルディビアの動向はどうじゃ?」

 

オトナ「どうやらモルチェ族と戦になった様です。

バルディビア達が勝利し、現地に根を生やそうとしましたが、撤退したとの事です。」

 

チカ「せっかく勝ったのにか?

随分臆病者よのぅ。」

 

オトナ「どうでしょう。

奴らは撤退してきたにも関わらず、

土地や奴隷も含め良い報酬を得られそうだと、

みな嬉々として帰って来たらしいです。」

 

チカ「なるほどな。

進軍したもの達だけでは

統治を維持するのは難しいと考え

一旦引き上げていたという事か?」

 

オトナ「おそらくそうでしょう。

あの地域の部族は数も多く

戦地となった川向こうにも勢力が

混在していたという話も聞いております。」

 

「チャンカノただいま戻りました。

2つご報告があります。」

オトナ「申せ。」

 

チャンカノ「1つは、

スペイン政府とゴンサロ・ピサロの戦が終了しました。

ゴンサロは斬首となりました。」

 

オトナ「遂にピサロ一族は途絶えたか。」

 

チカ「ゴンサロの名は今聞いても吐き気がするわ。

あの様な下劣な者が貴族とは・・

スペインとはケダモノの国なのかのぅ。」

 

オトナ「此度、スペイン政府を率いたガスカなる者は

交渉力に長けると聞いておる。

現在サイリ様とも交渉しているらしいが、

タワティンスーユは完全に形骸化する事になるかもしれぬな。」

 

チャンカノ「その件に関係する事なのですが、

パウリュ様が病によりお亡くなりになり

ご子息のカルロス様が帝位に就く事になりました。」

 

オトナ「なんと・・」

チカ「マンコが殺され、

結局ビルカバンバの方はサイリが帝位に就いたと聞いたが、

スペイン側が担ぎ上げたカルロスもまだ幼い。

話がまたこじれそうじゃな。」

 

チャンカノ「おっしゃる通りで、

二分された帝国の講和は

一旦振り出しとなっている状態です。」

 

オトナ「この展開は我らにどう転ぶのであろうか・・」

 

突如衛兵がチカ達の部屋へ入ってきた。

 

「申し上げます!!

北門が破壊され、

宮殿内に何者かが忍び込んだ模様です。」

 

オトナ「北門だと?」

 

「おそらく複数人で力で破壊された様です。」

オトナ「チカ様を狙いに来たか。

この周辺の警備を固めよ!」

 

※ボリビアなどでは、古くからコウモリの生血を飲む風習がある地域がある。コウモリの血に治癒効果があり、特にてんかんの発作を抑えると信じられている。医学的根拠なく、感染症リスクも高める可能性もある。

アラウコの叫び/本編

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