-イネスの部屋-
イネスの部屋に入ってきたのは、
サンティアゴにいるはずのキロガだった。
キロガが松明を掲げ、イネスの部屋に入ってきた。
キロガ「御免!」
そう言うとキロガはイネスの書斎に松明を投げ込んだ。

ボワッ!
イネスの部屋は火に包まれた。
イネス「貴様!何をする!?」
キロガ「説明は後です。
時は一刻を争います。」
イネス「ここには
私にとってかけがえのないものが・・」
キロガ「だからです。」
イネス「どう言う事だ?!」
キロガ「今この宮殿内で騒ぎが起きておりますが、
おそらく真の狙いはこの部屋です。」
イネス「まるで話が見えぬ・・」
キロガ「先日ホス様が処刑されました。」
イネス「何?!
あの人も遂に我慢できなくなったか・・」
キロガ「いや、処刑を決行されたのはフランシスコ・デ・ビジャグラ様です。」

イネス「ビジャグラが・・
確かにあやつならやりかねん。」
キロガ「ただ、そうなると
ホス様の取り巻きの方々が黙ってはいないでしょう。」
イネス「ビジャグラがやったとて、矛先はあの人に向くだろうな・・」
キロガ「その通りです。
それを危惧して、早急に私がここに駆け付けた訳です。」
イネス「確かにあの人にとって
私との関係は難癖を付けるのに
うってつけの材料。」
キロガ「案の定、こちらで侵入者騒ぎ。
誰の差し金かは断定できませんが、
おそらくバルディビア様と貴女の関係性を
決定づける証拠を探しに来た可能性が高いでしょう。」
イネスの部屋が燃えている為、
オトナが駆けつけた。
オトナ「イネス様、どうなさいました?」

イネス「ゴタゴタしている中、
惑わせてしまいすまない。
誤って松明を落としてしまってな。」
オトナ「そうですか。
新しい部屋を用意させていただきます。」
イネス「よろしく頼む。
と、賊は見つかったのか?」
オトナ「いえ。
北門を破られたきり、
それといって気配がありませぬ。」
イネス「そうか、
私もアポクナスの警護に当たろう。」
オトナ「ありがとうございます。」
イネスの部屋を後にすると、オトナは北門に向かった。
「これは・・」

オトナは門が破壊された状態を観察して驚いた。
元々彼の目のサイズは大きくはないが、
白目が見えないほど黒目が大きく印象的な目をしていた。
そして視力が非常に良く常人の3倍は見え、
それだけでなく鼻も同じくらい良かった。
オトナ「この破壊面・・そして、この匂い・・
この強靭な北門が・・信じられない。
この状態は、一人の人間が一撃のもとに破壊した後だ・・」
-フランシスコ・デ・ビジャグラ邸-
フランシスコ「カノか。」
「只今、戻りました。」
横幅のある大柄な者が部屋の隅で片膝を着いている。
名をディエゴ・カノといい、顔は線の細い優男の様であるが、まるで極端に厚着でもしてるかの様な出立ちだった。
身体を覆うマントは膨れ上がり、二の腕の太さは馬の首ほどあり、違和感だらけのうす気味悪い者である。

また、諜報活動をするには足枷にしかならないように
思えるが、常に棺桶を背負っており
より一層彼の禍々しさを際立たせていた。
フランシスコ「証拠となる物は何かあったか?」
カノ「イネスの部屋が焼失しており、目ぼしいものは残っておりませんでした。」
フランシスコ「このタイミングで焼失だと。」
カノ「しかもコパカバナにキロガの姿が。」
フランシスコ「キロガだと?何故奴が!
まさか・・あの時に感付かれたのか・・」
-1549年6月サンティアゴ-
そこには真紅のドレスに身を包んだ女の姿があった。
ポゾ神父「新婦イネス・スワレス
貴女はこの者を
病める時も 健やかなる時も
富める時も 貧しき時も
夫として愛し 敬い 慈しむ事を誓いますか?」

イネス「誓います。」
-半月前クスコ-
「ウジョア様、任務完了しました。」
ウジョア「よし、後はあの区間で終わりだ。」
ロベラ「貴様らそこで何をしておる?」

ウジョア「まずい!逃げるぞ!!」
ザッザー
ロベラは不審な一団の1人を捕らえた。
「は、はなせ!!」
バサっ・・
捕らえた者は、ロベラに掴まれた衝撃で
紙の束を地面に落とした。
ロベラ「これは・・」
-クスコ ガスカ邸-
ガスカ「呼び戻してしまい、すまないな。」
バルディビア「いえ、コパカバナに寄るなと言伝を頂いておりましたので、
どのような事かは察しはついております。
丁度アレキパでその報せを聞き助かりました。」
ガスカ「間に合って良かったわい。
ロベラが不審な者を捕らえてな。
クスコでこの様な怪文書を撒いておったわ。」
そう言うと、ガスカは怪文書をバルディビアに渡した。

ガスカ「貴君がリマを去った後、
何人かの官僚が貴君の不義を騒ぎ出してな。
その後、この怪文書が出回り事が大きくなっておる。」
怪文書にはバルディビアがイネスと不倫関係にある事が
記されていた。
バルディビア「おそらくホスと縁のある者の仕業でしょう。」
ガスカ「もうすぐ貴君の件で裁判をする事になっておる。
私も善処するが、
流石にその女性との関係を継続する事は難しい。」
バルディビア「心得ております。」
ガスカ「そこで私に策がある。
その女性と近しい者でかつ、
信頼のおける男はおるか?」
バルディビア「はい、ロドリゴ・デ・キロガという者がおります。」
ガスカ「と、最近貴君の傘下に加わり
それなりの地位にあった者を用意できるか。」
バルディビア「そちらも何とかなるでしょう。」
-クスコ裁判所-
裁判官「ペドロ・デ・バルディビア、
貴方は妻がいるにも関わらず
イネス・スワレスと関係を持っていたという告発があるが相違ないか?」
バルディビア「イネス・スワレスとの関係について誤解があることを申し上げます。

彼女は私の部下の1人に過ぎず、男女の関係ではありません。」
イネスは特に表情を変えず、バルディビアの証言を聞いている。
「異議あり!
聞く所によれば、
どこに行くにも彼女を同行させており
戦場にまで連れて行ってたと話を聞いたが。
慰み者としていたのではないのか?」

下品なひそひそ声が方々から聞こえてきた。
裁判官「では、次にイネス・スワレス
貴女は未亡人との話だが、
ペドロ・デ・バルディビアの事を上司ではなく
男として見る事はありましたか?」
イネス・スワレス「私はバルディビア様を
男して見るなど、その様な畏れ多い事はありませぬ。

女が戦場へという声がありましたが、
お言葉ですが私はサンティアゴへ原住民が襲撃した時の功労者です。
並の男どもよりはよっぽど腕が立ちます。
異議がある者とこの場で決闘をしても構いません。」
イネスは鋭い目つきで当たりを見渡し、
辺りを静まり返えらせた。
「異議あり。
確かに、イネス殿と戦って勝てる男は
ここにいる者たちでさえ、そうそうはいないでしょう。

しかしお二人が仲睦まじしく、
只ならぬ間柄というのは有名な話。
これを覆す証拠はあるのですかな?」
裁判官「ペドロ・デ・バルディビア、
これに対する反論は何かありますか?」
バルディビア「はい。
私たちの間柄が男女の特別な関係である証拠が何も存在せぬ事を誓います。
そして、その様な噂が流れている事で私は心を痛めておりました。
この点はこの場を借りて謝罪したい事でもあります。」
「何を言っておるのだ?」
「もしや、開き直って夫婦にでもなるつもりか?!
そんな不義理認められんぞ!!」
裁判官「静粛に!!
心を痛めておるとは?
貴方の妻に対してですか?」
バルディビア「もちろん、それもありますが、
私の信頼できる部下に対してでもです。」
「部下だと・・?
何を言い出すつもりだ?」

バルディビア「それはそこにいるロドリゴ・デ・キロガに対しです。」
「キロガだと?
この話と何の関係があるんだ?」
バルディビア「彼には子がおりますが、メスチーソとの間の子であり独身の身です。
イネスとキロガは、未亡人と子持ちの身でありながら
ゆっくりと間柄を深めていました。
この様なロマンティックな物語に
ありもしない噂で水を差してしまい申し訳ないと思っております。」
「なんだ、そのでっち上げは!!」
「裁判官発言よろしいでしょうか?」
1人の男が挙手をした。
裁判官「よろしい申されよ。」
「私は故ディエゴ・デ・アルマグロ様の元で
チリ先遣隊副司令官をしていた
グレゴリオ・デ・カスティニャダと申します。」

「ほう、その様な立場の者ならば公平な証言がありそうだ。」
ホスに与していた者の1人がつぶやいた。
カスティニャダ「現在は当時の経験を活かし
再びチリ遠征に加わった次第です。
イネス殿の勇猛さは私も存じており、
一度私も剣を交えた事もありました。
しかし、やはり女性。」
「これは期待できそうだ。」
カスティニャダ「イネス殿の軍と衝突し和解した後、
先のヌエバカスティージャ州知事カストロ様の傘下に加わる事になりました。
秘め事を話すのは少し不粋ではありますが、
お二人はカストロ様の宴で早々に退散し、
月夜の下で口づけを交わすのを目撃し、
何か安堵した様な気分になりました。」

「なんだと!?
出鱈目だ!!」
思わぬ証言にざわめきが大きくなっていった。
裁判官「静粛に!!
ロドリゴ・デ・キロガ、
この者の言っている事は真か?」
キロガ「真実です。

実際、6月にサンティアゴでイネスと挙式するつもりでした。」
バルディビアが手を挙げた。
裁判官「ペドロ・デ・バルディビア発言を赦す。」
バルディビア「この様な事態にまで発展し、
せっかくのお二人の催し事を台無しにしてしまい、
早く妻もこちらへ呼ぶべきだったと後悔しております。
まもなくチリの情勢が落ち着きますので
この5年の内には、
妻のマリナ・オルティス・デ・ガエテをこちらへ呼び寄せる予定です。」

裁判官「ペドロ・デ・バルディビア、
公私混同せず、
貴方の職務を優先する姿を称賛します。
以上の証言を踏まえ、
ペドロ・デ・バルディビアとイネス・スワレスの
不倫関係は事実無根と判断します。
よって、告発は取り下げる。
以上!」
「ぐぬぬぬ・・・」

ホスに与する者達は、判決を聞き大きくうなだれた。
こうしてバルディビアはチリ総督の地位を剥奪される窮地を乗り越えた。
-1549年6月サンティアゴ-

イネスとキロガはペルーから戻ると、
結婚式を挙げ夫婦となった。
キロガはいつもの調子でイネスに話し始めた。
「この様な展開になるとは、思いもよりませんでした。」
そして、イネスの耳元で囁いた。
「けれど、私の中ではいつもあなたはセニョリータですよ。」

イネス「ダメだ。
常日頃から徹底していないと、
思わぬ所で疑惑の目を持たれてしまう・・
そうだろ?」
キロガは一本取られた様な顔をし、
神妙でいて情熱的な眼差しでイネスに言った。
「心得ました、アモール。」
イネスはキロガを抱き寄せて、凛々しく呟いた。

「よろしく頼む。」
キロガはイネスの行動に
一瞬鼓動が止まったかの様な感覚になった。
が、すぐに我に帰り
関心した様なリアクションをすると、
どこか嬉しそうな笑みを浮かべた。
真紅のドレスは、彼女のこれからの決意を現すように勇壮に風を纏っている様に見えた。
そして、紅の深みは様々な情が色濃く溶け合うかの如く。


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