第25話「総督代理」

-1547年12月 バルディビア邸大広間-

バルディビアがガスカを支持する宣言をした宴で、

ひっそりと酒を呑んでいた者がいた。

ガスパル「グビッ!

まあ、ワシは戦ができればよいのじゃ・・」

 

「隣よろしいか?」

 

粗野なガスパルとは対照的な装いの

貴人がガスパルの隣に座った。

フランシスコ・デ・ビジャグラだった。

 

ガスパル「おう、フランシスコ殿

ワシの様な一介の武人に貴君の様な華やかな方が

何か御用ですかな?」

 

フランシスコ「ハハッ!

私は宴ばかりしておるものとお思いか?

こう見えて、私も結構やるのですよ。」

 

そう言うと、フランシスコは剣を振るう仕草をした。

 

ガスパル「ほう、これはなかなか。

分かりますぞ、かなりの使い手ですな。

いや、これは失礼した。」

 

フランシスコ「いえいえ、とは言えガスパル殿には遠く及びませんよ。

ただ、今の型どうもしっくり来ないのですよ。

出来たらご教授願えないかな?」

 

ガスパルは機嫌良くフランシスコを指導し始めた。

 

ガスパル「ここは、手首をこうされてみよ。」

フランシスコ「どれどれ。

なるほど!確かにこうした方がキレ良く突きが打てる!

流石ガスパル殿ですな。」

 

ガスパル「ガハハ!

戦の事ならなんでも聞いてくだされ!」

 

フランシスコ「私の部下には豪傑と呼べる様な者がおりませぬ。

実は常日頃からガスパル殿のような方とお近づきになりたいと思っておりました。

ただ、私の様に宴に耽ってる様な印象の者は好まないかもしれないと、

今まで話しかけた事がなかったのです。」

 

ガスパル「まさかその様な事を思っておったとはのぅ・・

ワシこそ、フランシスコ殿とは住む世界が違うと思い

まず話しかける事はなかったですがの。

きっと馬も合わないだろうと。」

 

フランシスコ「ハハッ。そう言う正直な所も

私の関心を引いておりました。」

 

ガスパル「なんと・・

食わず嫌いは良くないですのぅ。」

 

「食べ物と言えば、ガスパル殿の好物のこの料理。」

テーブルにはこの地の郷土料理をスペイン風にアレンジした料理が並んでいた。

フランシスコは、一際目立つ肉料理に注目した。

 

ガスパル「ほぅ、そんなことまで知っておられるのか?」

これはクイと呼ばれる生き物で、皆ネズミを食べるのかと敬遠するものよ。」

 

大概の者はそのような事を言われると動きが止まるものだが、フランシスコは躊躇せず豪快に料理を口にし、子供の様な笑みで感想を述べた。

「美味ですな。」

 

ガスパル「ほう・・気持ちの良い食べっぷりですな。」

 

フランシスコ「私の口は上辺を、この目は中身を味わいます。

貴方の戦場での在り方とどこか似ておりませんか?

ブロンドの髪といい、私たちには案外共通点が多いのですよ。」

ガスパルはフランシスコの言葉に思考が止まった。

しかし、慌てて最後の言葉を拾い始め、高らかに笑い出した。

 

ガスパル「ガハハッ、おなご共は貴殿のその口の妙に心を奪われるのでしょうな。」

 

フランシスコ「ハハッ、かもしれませんな。

ただ私の場合は、好感を抱いた者に対して、口が調子良くなってしまうのは、男女問わずです。

ささ、口直しに一献。」

 

フランシスコはガスパルに酒を注いだ。

 

ガスパルは勢いよく飲み干した。

例えようのない空気感を一旦リセットするかの様に。

 

フランシスコは少し間をおいて、遠くを見ながら呟いた。

「せっかくの機会だ・・

腹を割って申します、

あの論功行賞は微妙でしたね。」

 

ガスパルの動きが止まった。

 

「そう構えなくても結構。」

フランシスコはそう言うと、ガスパルの目をしっかりと見ながら話した。

「単刀直入に言います。

私の直属の部下になりませんか?」

流石のガスパルも想定外の誘いに驚いている。

 

フランシスコ「バルディビア様は政治力に重きを置いている方。

けれど、私ならばガスパル殿により胸躍る戦場も

地位や名誉、それに心置きなく呑める宴を用意する事も出来ます。

何より部下にガスパル殿がおられたら、

私の自慢になります。」

 

ガスパル「これは驚いた・・」

 

フランシスコ「貴方が戦において誰よりも重宝し、価値ある存在であることを、私は知っております。

そして、一見粗暴に見えても視野が広く冷静な方でもある。

ビジャグラ家の目に狂いはありません。

見ている人は見ているものですよ。」

 

ガスバルは数秒間を置くと、豪快に笑い出した。

 

ガスパル「ガハハハハッ、

そこまで私を買ってくださっていたとは・・さすが、ビジャグラ家の目は確かですな。」

 

ガスパルは頼もしい目でフランシスコと目を合わせ返した。

「承知した!ワシに任せてくだされ!

と、これからはガスパルと呼んでくだされ。

フランシスコ殿にどこまでもついてゆきますぞ!」

 

フランシスコ「頼もしい限りだ!

ガスパルよ、これからよろしく頼むぞ!」

 

 

しばらくして、フランシスコはピサロ勢力の吸収、かつ”漆黒の四騎士”の解体という名目でバルディビアにガスパルの件を持ちかけた。

 

バルディビアは、フランシスコが傘下に粗野なガスパルを引き入れる申し出をした事が、多少意外だった。

ただ、フランシスコは以前から解体の進言をしていた事、かつ時期的な事、猛将を抱えたがっていた事など様々な要因から納得はできた。

1547年12月、ガスパル・デ・オレンセは正式にフランシスコ・デ・ビジャグラ直属の配下となった。

 

 

-サンティアゴ教会-

男が幾人もの護衛を引き連れ教会の扉を開けた。

 

バタン!

 

ロボ司祭「お待ちしておりました。

わざわざ来て下さらなくても、お届けにあがりましたのに。」

 

「ご苦労様です。

丁度総督代理から招聘されましてな。」

そう言うと男は正義の杖と呼ばれる十字架の杖を受け取った。

その杖はアルグアシルの地位と権威を示すものである。

 

男の名はフワン・ゴメス・デ・アルマグロ。

 

アルマグロの姓を持つ者・・

そう新大陸でフランシスコ・ピサロと覇を争った

ディエゴ・デ・アルマグロの実の弟である。

ゴメス「ほう・・

この杖の重量感、”いつも”と違いますな。

有難みを感じますぞ。」

 

ロボ司祭「はい、”早速”御加護を感じる事でしょう。」

 

 

-チリ総督室-

フランシスコ「キロガ、原住民たちには怪しい動きはないか?」

キロガ「はい、ございません。皆よく働いております。」

 

フランシスコ「ところで、メスチーソの娘はもうすぐ20になると言ったな。結婚相手はいるのか?」

 

キロガ「一人候補がおります。見どころのある若者がおりまして。」

 

フランシスコ「そうか。

そう言えば、イネス殿は何をしておられる?」

 

キロガ「イネス・スワレス殿の事でございましょうか?」

 

フランシスコ「そうだ。」

 

キロガ「今は、コパカバナでコリャスーユのアポクナスであるチカ殿の側におります。」

 

キロガ(何故彼女の事を・・)

 

フランシスコ「どおりで最近お見かけしないと思っておったわ。

サンティアゴの守り神は、今はインカの”御守り”神か。

もったいない事よ。

私ならアルグアシル・マイヨールの補佐に任命したいがな。」

 

キロガ「フランシスコ様はイネス殿を買っておるのですな。」

 

フランシスコ「あの様な気概のある者は男でも早々はいまい。

話は以上だ。」

 

キロガ「ハッ!」

 

 

フランシスコ「次の方。」

 

「サンチョ・デ・ラ・ホスで御座います。」

 

フランシスコ「おお、ホス殿。

先日のバルディビア様の宣言の時、

すぐさまホス殿に声をあげてもらい助かりました。

そのおかげか、ピサロ様の流れを汲む方々も、

ほぼこちらへ残る事になった様です。」

ホス「いえいえ、私にどれ程の影響力があるかは分かりませぬが、

少しでもお役に立てたのなら良かったです。」

 

フランシスコ「所で・・チリ総督代理の座は、

貴方でもおかしくない所、

私などが代理をしており恐縮です。」

 

ホス「いえいえ、ご謙遜を!

確かに私を含め4名の候補が噂されてましたが、

私は除外でしょう。」

 

フランシスコ「ほう、なぜそう思われるのです?」

 

ホス「サンティアゴ始め先住民の襲撃などで

各都市が緊張状態にあるチリにおいて、

軍事力がある方が適任だと私は考えていました。」

 

フランシスコ「そうですかな?

貴方が一声掛ければ動いてくれる方も少なくはないと思いますが。」

 

ホス「いえいえ、私は一財務官に過ぎませぬ。」

 

フランシスコ「貴方を一財務官とは私は見ておりませぬ。

軍を自在に率いる将も貴方なら動かせるでしょう。」

 

ホス「かもしれませんな。

しかし、どちらにしてもそれでは

フランシスコ殿達やゴメス殿より

指揮系統の俊敏性には劣ります。」

 

フランシスコ「確かに、一理ありますね。

申し訳ございません、変な話をしてしまい。」

 

ホス「いえいえ。」

 

フランシスコ「それでは、引き続き財政面の事

よろしく頼みますぞ。」

 

ホス「ハッ。」

 

 

フランシスコ「次の方。」

 

「お前達は外で待て。」

部屋の扉を開けた男は屈強な護衛たちに命令し、

部屋の外で待機させた。

「ハッ!」

 

フランシスコ「ご足労頂き有難うございます、ゴメス様。

相変わらず勇壮な護衛の方々ですな。」

 

ゴメス「皇帝陛下のご威光の賜物でございます。」

 

フランシスコ「その様な畏まった物言い、

恐れ入ります。」

 

ゴメス「今や貴方はチリ総督代理

ご容赦下され。」

 

フランシスコ「バルディビア様も意地が悪い。

私をからかっておるのか。

貴方こそ代理に相応しいものを。」

 

ゴメス「いえいえ、私は今の役職が性に合ってます。

他の方がアルグアシル・マイヨールをされるよりも

効率が良いと判断したのでしょう。」

 

フランシスコ「確かに、あの職務はゴメス様以外には、適任はいないでしょうな。

ただ、チリ総督代理も同様ではありますが。」

 

ゴメス「ワシは代理の器でないと自覚しております。

兄を見ていてもそう思いましたし。

私から見たら、フランシスコ様は相応しく感じますよ。」

 

フランシスコ「貴方様にそう言って頂けると自信になります。」

 

ゴメス「この場を借りて改めて、

ラス・サリナスでは、

兄の救出に向かって頂き有難うございました。」

 

フランシスコ「ディエゴ様には良くして頂きましたから。

聞いてもよろしいですか?」

 

ゴメスは一呼吸置き、フランシスコに問い返した。

「何故ワシがピサロ様についたかという事ですな?」

 

フランシスコ「おっしゃる通りです。」

 

ゴメス「貴方様には話さない訳にはいかないでしょう。」

 

フランシスコは姿勢を正して、フワン・ゴメスの話を傾聴した。

 

ゴメス「これは実の兄へだからこそ言えるが、

私から見たら兄は私利私欲に走る野盗と変わりはなかった。

ワシが1番に願うのは国の繁栄です。」

 

フランシスコ「な・・それで

フランシスコ・ピサロ様の側についたと?

ただ、それでは・・」

 

ゴメス「そう、蓋を開ければ

フランシスコ・ピサロ様も何ら変わりはなかった。

うまくあの方の口車に乗せられたという訳です。」

 

フランシスコ「そういう志からすれば

ゴンサロ様ならなおさら・・」

 

ゴメス「はい。

その点バルディビア様には国を良くしていこうという視座が見えます。」

 

フランシスコ「確かにバルディビア様は

目先の事でない、より計り知れないビジョンを持ってる様に私も感じます。」

 

ゴメス「私は恩よりも国の繁栄を取る者です。

もしバルディビア様とて違えば、その時私は敵に回るやもしれませぬ。

このワシの目はもちろん代理総督である貴方様へも向いています。」

フランシスコ「肝に銘じます。

・・心の内を話して頂き有難うございます。」

 

ゴメス「これが私の本心です。」

 

フランシスコ「正にアルグアシル・マイヨールですね。」

 

ゴメスは膝をついて、フランシスコに礼をした。

 

「ただ、気になる事があります。」

フランシスコは改めて真剣な面持ちで、ゴメスに尋ねた。

 

フランシスコ「貴方様の言う国とは

スペインの事ですか?」

 

「そうとは限りません。」

ゴメスは即答した。

 

フランシスコ「そこまで言い切るとは・・

分かりました。

貴方様の崇高な志、私の胸の内に秘めさせて頂きます。」

 

ゴメス「有難う御座います。」

 

フランシスコ「私が過ちを犯さぬ様

見張っててくだされ。」

 

ゴメス「立場を超えた物言い、

昔のよしみとして、許してくだされ。」

 

フランシスコ「いえ、本音の話をして貰えて光栄です。

これからも職務を全うしてくだされ。」

 

ゴメス「ハッ。」

 

フランシスコ「職務について具体的な事は貴方様に一任します。

話は以上です。」

 

ゴメスは深く一礼して部屋を出た。

 

 

フランシスコ「とんでもない事を聞いてしまったな・・」

 

「ああ」

物陰から一連の会話を聞いていた者が姿を現した。

 

名をペドロ・デ・ビジャグラと言い、フランシスコの従兄弟にあたる人物である。

容姿はどちらも高貴さは漂うが、フランシスコとは真逆で髭を蓄えている。

ペドロ「まさか、ゴメス様がその様なお考えの方だったとはな。

あっさりと話しておったが、とんでもない事を言っておったぞ・・」

 

フランシスコ「ああ、強力な味方にもなりうるが、厄介な敵にもなりかねん。」

 

ペドロ「全くだ・・

所で、例の疑惑に関してはどうだ?」

 

フランシスコ「私が代理となった時に、クーデターを起こす者がいるやもしれぬ件か?

アギーレ殿はないとは思うが、

ホス殿、ゴメス様に関しては何とも言えぬな。

或いは別の何者かか・・」

 

ペドロ「ここは、まだ様子を見るのが良いだろう。

ベルガラ達に情報収集させたい所だが、今はペルーだしな。」

 

フランシスコ「そうだ。あの手のかかる若い叔父上の件はどうなった?」

 

ペドロ「はあ・・ガブリエルの事か。

どうやらゴンサロ軍に捕えられたらしい。」

 

フランシスコ「手間かけよって・・

カルバハルがあちらについてる時点で嫌な予感しかしてなかったわ・・」

 

ペドロ「ベルガラ達に見張らせてはいるが、

そのカルバハルがいたくガブリエルを気に入っておってな、

おそらく命までは取られないであろう。」

 

フランシスコ「ハン!

ビジャグラ家を気に入ってるの

間違いでなくてか?」

 

ペドロ「ま・・まあな・・」

 

フランシスコ「ただ、ガブリエルの命があるならば、

親族にも顔が立つ。」

 

ペドロ「そう言えば、キロガにイネスの件を聞いたのは何故だ?」

 

フランシスコ「ああ、あれか・・

まっ、色々あってな。」

 

ペドロ「まさか、お前・・

バルディビア様と・・」

 

フランシスコは、ただ含み笑いを浮かべた。

 

 

-サンティアゴ 総督府回廊-

ガスパル「なんじゃ?

マセ・デ・カンポ様とエンコメンデロ様か??

カンポ様が何やら熱く語っておられるわ。」

 

ガスパルは珍しい組み合わせの2人に

違和感を感じ、とっさに身を隠した。

 

「一応フランシスコ様に報告しておくか。」

 

 

 

※史実では、ラス・サリナスの戦いでフアン・ゴメスが実の兄を裏切ってまでピサロ側についた詳しい理由は分かっていない。

 

 

アラウコの叫び/本編

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