-1548年4月9日 ハキハワナ
フランシスコ・デ・カルバハルはバルディビア軍の巧みな誘導により
沼地に追い込まれ捕らえられた後、ガスカに引き渡された。
それと時をほぼ同じくして、
アロンソ・デ・アルバラド軍は、ゴンサロを追い詰めていた。
フワン・デ・アルバラド
「敵の勢いは風前の灯!
このまま一気に畳み掛けましょうぞ!!」
アルバラド兵「アルバラド様!
何やら敵陣から黒い旗を掲げた軍がこちらに向かってきます。
迎撃体制に入ります!!」
アロンソ・デ・アルバラド「待て!
あれは味方の軍よ。」
コルドバ「お久しぶりです、アルバラド様。」

アロンソ・デ・アルバラド
「貴君はカストロ殿の腹心、コルドバ殿でござらぬか!
今日は懐かしい出会いが多いわ。」
コルドバ「その節は有難うございます。
我が主への協力、心強かったです。」
アロンソ・デ・アルバラド
「貴君がバルディビア様の内通者であったか。」
コルドバ「ここにいるネイラ殿が架け橋となり、
バルディビア様と通じていました。
あの〈戦場のマエストロ〉の異名を持つ方です。」
アロンソ・デ・アルバラド
「なんと、あの伝説の!!
バルディビア様には、有能な人材が揃っておるな。
何かお気づきの点がありましたら、
遠慮なく申して下され。」
ネイラはアロンソ・デ・アルバラドへ
会釈をした。

アロンソ・デ・アルバラド
「してコルドバ殿、
カルバハルの方はどうなっておる?」
コルドバ「バルディビア様たちが、沼地に追い込み
最後の詰めに入っている頃でしょう。
私どもはひと段落した所で、ネイラ殿の指示の下
今こちらに参りました。」
アロンソ・デ・アルバラド
「左様か、貴君らの軍が加わるのは心強いな。」
アルバラド兵「アルバラド様!!」
アロンソ・デ・アルバラド
「今度は何事じゃ?」

アルバラド兵「ゴ、ゴンサロの包囲はほぼ完了しておるのですが、
盾兵がゴンサロの周りを囲い、
その前に恐ろしく長身の者が立ち塞がり
我らは近づけないでいます。」
アロンソ・デ・アルバラド
「それならば、遠方から銃で仕留めればよいであろう。」
アルバラド兵「最初それを試みたのですが、
奴は体格に似合わず素早い動きをし
かつ細身であるがゆえに中々、的を絞れなく苦戦しております。
しかも、奴が銃弾を躱した先に仲間がおり
負傷者が相次いでおります。」
アロンソ・デ・アルバラド
「参ったのぅ。
ガスカ様からは死傷者をなるべく出さぬ様にと言われておる。
どうしたものか。」
ネイラ「おそらく、ゴンサロ・デ・ロス・ニドスでしょう。

どちらにしても時間の問題でしょうが、
無理に突進されると、その者が相手では
こちらの被害は深刻になる可能性があります。」
アロンソ・デ・アルバラド
「それほどの者か?」
コルドバ「某もニドスの戦を側で見たことがあります。
想像を遥かに超える位置から槍が飛んできます。」
ネイラ「私に策があります。
フワン・デ・アルバラド殿とコルドバ殿に
ご協力願えますか?」

フワン・デ・アルバラド、コルドバ「承知した。」
ネイラ「万全を期す為、
アルバラド様の陣営のロベラ殿をお借りできますかな?」
アロンソ・デ・アルバラド
「ロベラは我らの中でも随一の槍の使い手よ。
皇帝の命でガスカ様に同行して来た者だが、
ネイラ殿はロベラの事までご存知なのか?」
ネイラ「私にとって情報は命です。」
アルバラド兵
「ロベラ殿をお呼びしました!」
姿勢の良い、眉が薄い鋭い目つきの男がその場に現れた。
ロベラ「何か面白い体験をさせてくれるのですかな?」

この者は、ペドロ・マリーニョ・デ・ロベラといい
フランスとの戦争に従軍した経験豊かな軍人である。
生涯を通して様々な事を書き記し、
後にその情報が『クロニカ・デル・レイノ・デ・チリ』という著作物の元になる事になった。
ネイラは3人に作戦を告げ、ゴンサロの元に向かった。
-ゴンサロ軍-
ゴンサロ「これは参ったのぅ。
ええい、カルバハルは何をしておる?!」
ネイラ「カルバハル殿はもう捕まりましたよ。」
ゴンサロ「何だと!!」
ネイラ「もう諦めて、潔く投降されよ。」

ゴンサロ「下郎が!
どの分際でヌエバカスティージャ州知事の俺に口を聞いておる!!
どうせ捕まった所で、首を切られるだけだ。
ニドスよ、道を開け!」
ニドス「ハッ!
この命に変えて、ゴンサロ様の恩に応えます。」
ニドスは槍を構え直した。
ニドスはゴンサロに耳打ちした。
「ゴンサロ様、今ならあそこから抜けられそうです。私が抗っている間にあそこからお逃げ下され。」
ゴンサロ「分かった、頼んだぞ。」
そう言うとゴンサロは盾兵を引き連れて
移動を始めた。
アルバラド兵「ゴンサロが逃げるぞ!!
追えぃ!!」
ゴンサロ目掛けてアルバラド兵達が、
突進した。
ネイラ「追うな!!」
アルバラド兵達は、先ほどまでの紳士的な口調の者が
突如迫力のある声を上げた事に驚き立ち止まった。
その時、届くはずもない距離から
アルバラド兵達の目と鼻の先で槍が一閃した。

アルバラド兵「危なかった・・
あんな所から槍が届くのか・・」
ネイラは再び叫んだ。
「皆様、そこから一歩も動かないで下さい。
これはアロンソ・デ・アルバラド様からの命令です。」
「それではお二方、お願いします。」
ネイラがそう言うと、フワン・デ・アルバラドと
コルドバが兵の群れから姿を現した。
アルバラド兵「フワン様がお見えになられたぞ。
ここは命令通り待機せぬば。」
ニドスは、兵の群れの中から
只ならぬ雰囲気を感じ取り、
槍を鮮やかに振り回すと
腰を落とし独特の構えをとった。

その様は、手足の長い蜘蛛が糸を張り巡らす様であった。
周囲の者達はこれ以上踏み込めない事を肌で感じた。
フワンとコルドバが
ニドスににじり寄った。
フワン「ハッ!」

張り詰めた空気の中、
フワンは掛け声と共にニドス目掛けて槍を伸ばした。
フワンの槍より早く深く
ニドスの槍がフワンの喉元に迫る。
ガイン!!
その時フワンの喉元に盾が現れ、
ニドスの攻撃を防いだ。
そこにはコルドバが盾を構え、フワンの側にいた。
彼は盾だけしか持っておらず、
ニドスの槍を防ぐ事に徹していた。
ニドスは表情を変えず、
両端に刃の付いた槍で
フワンやコルドバ目掛けて、槍を振るう。
ガンガンガン!!
フワンの槍をニドスは交わしながら
隙がなく攻撃に転じる。

コルドバ「あの様な細腕でなんたる膂力!」
フワン達が近づこうとすれば、
2人まとめて槍の柄で後退を余儀なくされていた。
コルドバの体格を持ってしても、
ニドスの膂力の前に盾ごと後方に弾き戻された。
フワン「ハアーアッ!」
進展の見えない中、
フワンは今までより踏み込んで
ニドスに突きを試みた。
しかし、虚しくフワンの槍はニドスを掠めると、
そのままニドスも一歩踏み込みコルドバに突きを試みた。
ブシャ!!
その刹那、血飛沫が上がった。
コルドバは盾で防ごうとしたが間に合わなかった。
しかしニドスの槍は僅かに軌道がズレ、
コルドバにダメージを与える事ができなかった。
そして、出血したのはニドスの方であった。
ニドスの手から血が滴り落ちている。

ダメージを与えたのはロベラだった。
ニドスは一歩進んで突きを繰り出した事により、
兵達の中に潜んでいたロベラの間合いに入ってしまっていた。
ニドスがすぐさま彼らの目論見に気付くが、
時すでに遅く、
フワンは堰を切った様に激しい連続攻撃を仕掛けた。
ブン!
ブシャ!
ニドスは手を傷つけられた為、
先ほどより攻防に精密さに欠けていた。
ブブン!
ブシャシャ!
ニドスが槍を振るえば振るうほど、
自身の血で身体中が紅く染まってゆく。
ロベラはニドスの身体の中心を狙うわけではなく、
フワンの動きに呼応して、
ニドスの手や足だけに狙いを定め
ジワジワとダメージを与えていった。
ドサッ・・
やがてニドスは立ってる事もままならなくなった。
カッ!!
最後はフワンに槍を払い飛ばされ、
ニドスは抵抗もできず捕らえられた。
コルドバ「この様な状態になっても闘志が途切れぬとは・・真の騎士よ。
何故このような者がゴンサロの配下に甘んじておる。」

ニドスは縄で捕縛されると、先程とは打って変わり
人形の様に大人しくなった。
一方、ゴンサロはニドスの足止めにより
アルバラド兵の包囲を抜け
闇雲に退路を突き進んでいた。
ゴンサロ兵「ゴンサロ様、
まだ追撃もありませぬぞ!」
ゴンサロ「ニドスよ!よくやっておるわ。
高い金を渡しただけあるのぅ!!」

ゴンサロ兵「ゴンサロ様あちらへ!!
ここを進めば敵の目を避けて
逃れる事ができそうですぞ!」
ゴンサロ兵は、
両端が壁の様に聳え立つ崖に囲まれた
細い道を見つけた。
ゴンサロ「ガハハ、でかしたぞ!!」
ゴンサロ達は嬉々として細い道に踏み入った。
ゴンサロ兵「もうすぐこの道を抜けられそうです。」
ゴンサロ達はしばらく進むと、兵の1人が声を上げた。
ゴンサロ兵「ゴ、ゴンサロ様!
何者かが、道を1人で塞いでおります!!」
道の先に騎士の影が見えて来た。
騎士は馬上からゴンサロに話しかけた。
「待ちくだびれましたぞ、ゴンサロ殿。」

ゴンサロ「お前は!!アロンソ・デ・アルバラド!!
ええい、者ども進め。
ここを越えれば、生き延びられる!!」
アロンソは手を大きく天に掲げた。
すると激しい音が頭上から迫って来た。
ゴロゴロ!!
グシャ、グシャ!!
ゴンサロの前後にいた衛兵達は
咄嗟に盾を頭上に掲げたが、
虚しく雪崩の様に落下してくる大岩の
餌食となった。
ゴンサロ「くそ!!
もはやこれまでか・・」
-1548年4月10日 ハキハワナ-

ガスカ軍とゴンサロ軍が衝突したハキハワナの戦いでは、ゴンサロ軍800名が逃亡、もしくは捕らえられた。
死亡した者は、ゴンサロ軍が15名、ガスカ軍が1名と
悪魔の様な殺戮者カルバハルが関わった戦としては、
犠牲者が小規模であった。
ガブリエル、パントーハなどゴンサロ軍と政府軍との争いで捕らえられていた者は、無事解放された。
アントニオ・デ・ウジョアは戦の最中、旗色が悪いと見るや、すぐさま行方を眩ました。
その後、主サンチョ・デ・ラ・ホスが既に殺されてしまった事を知る。

バルディビア達に対する憎悪を深めつつも、
対抗勢力となりうる御輿を探す放浪生活を始めた。
ガスカはゴンサロとカルバハルを裁判にかけ、
オイドールのアンドレス・デ・シアンカと
アロンソ・デ・アルバラドに処置を委ねた。
王権に対する反逆の罪で有罪となり、
ゴンサロは貴族であったため斬首、
カルバハルは絞首刑を言い渡された。
ハキハワナの戦の翌日である4月10日、
2人の刑は戦場で執行される事になった。
ディエゴ・センテノ「疲れたであろう。
今日はもう仕事を上がって良いぞ。」
ヤナクナ「へへい。
センテノ様が主で皆の者はほんと良かったと口を揃えて言っております。」
センテノ「そうか。
何か困った事があるなら、遠慮せず申せよ。」
ヤナクナ「有難うございます。」
センテノは、ヤナクナ達にも分け隔てなく
優しく接する人格者として
多くの者に慕われていた。

ウアリナの戦いでカルバハルに大敗を喫したものの、
その人望からかスペイン人や先住民達ら協力者は絶えなかった。
ハキハワナの戦に際して、
ガスカの交渉術が大きな要因ではあるが、
センテノの兵数はゴンサロ側の者達にも大きな脅威となり、
多くの者を政府軍に寝返らせる決断を促進させた。
センテノは囚人が晒し者とされている場所へ足を運んだ。
ガツ!ゴッ!
石を投げつける音が聞こえてきた。
そこには人々に囲まれ、罵声を浴びせられている
惨めなフランシスコ・デ・カルバハルの姿があった。

「俺の家族はあらぬ疑いをかけられて、
こいつに公の場で裸にされただけでなく、
生爪を剥がされる拷問を受けた。」
「そうだ!私の叔父もこいつの気まぐれで煮えたぎる鉄板に立たされて、殺されたんだ!!
しかもこいつは苦しむ様を眺めながら、
下品に嘲笑っていた。」
「丁度良い。
この松明でこいつの髭を焼いて、同じ苦しみを
ジワジワ味合わせてやろう。」
センテノ「これ!!やめぬか!!
「貴方様は!!
しかし・・」
センテノ「お前たちの気持ちは私にも痛いほど分かる。
しかし、鎖に繋がれ無抵抗の者にこの様な仕打ちは
スペイン人として恥ずべき行為。」
「言いたいことは分かります。
しかし、こやつが憎くて仕方ないのです。」
センテノ「人を憎むべきではない、憎むのはこの者に取り憑いた悪霊よ。

もうすぐこの者は死刑になる身
せめて最後くらい安らかな時間を与えてやらねばならぬ。」
「分かりました・・
大恩ある貴方様にそこまでおっしゃられては、いたしかたない。
こやつの死刑を見届けて溜飲を下げる事にします。」
センテノ「辛い思いをしたであろうが、
其方は生きておる。
家族の分まで善良な未来を生きよ。」
センテノは人々の怒りを収め、
カルバハルの周りから人々を立ち去らせた。
カルバハル「どなたか知りませんが、
有難うございます。」
センテノ「・・」
センテノは、カルバハルの一言に動きを止め、
しばらくして口を開いた。
センテノ「其方はディエゴ・センテノを知らぬのか?」
カルバハル「神に誓います、旦那様。
いつも貴方様の後ろ姿ばかり見ていたので、
今こうして正面からお顔を拝見しても、
誰だか分かりませんでした。」

センテノ「・・なななな、なんだと?!」
センテノは絶え難い
カルバハルの皮肉に怒りを露わにし、
荒い口調で声を上げた。
「お、おい。
今あの温和なセンテノ様が声を荒げてなかったか?」
「まさか、あの人格者のセンテノ様が。
そんなお姿一度も見た事ないぞ。」
「聞き間違いだろ。」
カルバハル「ディエゴ・センテノ様、
ワシは死の恐怖から軽率な事をする少年ではありませぬ。
どなたか私に便宜を図ろうと
偽善的な茶番をしてらした方がいらしたみたいですが、
近頃でこれほど笑える話はありませんでした。」
センテノの身体は震えていた。
口から出そうになる怒りを抑えるが如く。
センテノはハキハワナの戦が終結してから、
何度も戦で煮湯を飲まされ続けたカルバハルにすら
敬意を表するアピールをしていた。
センテノは、カルバハルの所業から
どんな事をしようとも死刑になるのが分かっていた。
しかし、センテノは度量の大きさを見せようと、
カルバハルに対して寛大な処置を求める様にと
上申していた。
カルバハル「しかし、頭が良過ぎるのも考えものですな。」
センテノ「な、なんの話をしておるのだ?」

カルバハル「ワシは今まで何事にも怒りを覚えた事はありませぬ。
理解できない事などなく、何事にも対処出来たもので。
今ならばとも思ったのですが、
自ら作り上げた状況ではどうやらダメな様です。
ワシも一度で良いから怒りを体験してみたかった。」
センテノはカルバハルに返す言葉なく、
そそくさとその場を後にした。
カルバハルは死の際まで皮肉を言いながら
楽しげにして生涯を終えた。
ポゾ神父「神はあなたを赦します。
心を開き、神の愛を受け入れてください。
自分の罪を悔い改め、神の前で心を清めましょう。
死は終わりではなく、新たな始まりです。
神のもとで永遠の平安を見つけてください。」

カルバハル「ただ殺されるだけなんじゃが。
この会話は何の役に立つのですかな?
ワシの良心に重くのしかかるものなんぞ
何もないんですがのぅ。
強いて言うなら・・セビリアの店主に半レアルの借金を
していたのを忘れておった事ぐらいですかな。」
メルカド「な、なんたる不届者よ・・」
センテノはただ無感情で呆然とカルバハルを眺めていた。
コルドバ「一時とは言え、
この様な者の傘下に入っていたなど
某の一生の不覚・・」

カルバハルは極悪な所業から人々の溜飲を下げる為に、
絞首刑の前に辱めを受ける事になった。
カルバハルは狭い籠に押し込められると、
馬に引かずられ人々の晒し者にされた。
兵士「良い気味だ、クソジジイめ!
自身の惨めさをたっぷり味わってこい!!」
カルバハルは兵士の言葉に、特に反応する事はなかった。
馬が走り出し籠が引きずられだすと、
カルバハルは突如、陽気に歌い出した。
「ヒョッホぅ!!
赤ん坊の~揺り籠や~🎵
そして今やぁ、老人の揺り籠よぉ~🎶」
「ま、まるで・・アンデスの悪魔よ・・」
人々はカルバハルの信じ難い狂気じみた振る舞いに
人外の恐ろしさを感じ、嘲笑うどころか、
ただただ戦慄した。
カルバハルの視線の先にはブロンドの髪の少女の姿があった。

カルバハルは泥だらけの顔をそちらに向けてニッコリ微笑んだ。
レモンはカルバハルを見ている様で
その存在にすら気付いていない
その様な眼差しで、その場に佇んでいた。
バルディビア「最後まで変わらぬご老人よ。」
引き回しが終わり刑が執行された。
結局カルバハルの首は切断される事になり、
リマの門でパイクで串刺しにされた
ゴンサロの首の隣で同様に晒し首となった。
そしてカルバハルは死してなお、
人々の心を蝕み続けた・・

その後リマの住民、特に老女達は
〈アンデスの悪魔〉の名が挙がる度に、
その都度十字を切っていたと言われている。

コメント