-とある山の頂-
「若様、黒トカゲの血でございます。」
ゴクッ
幾つもの鳥の羽を頭から肩まで纏う派手な出立の人物が
器に入った血を飲み干した。
「悪くない、血は良いものだ。
そう言えば、
近隣ではリャマの血が吸われる事件が多発しているらしいな。」
「ハッ!道中でも時折リャマの干からびた死体を
目にしました。」
「俺たちの間でリャマを吸う者などおらんしな。
妖の類か何か・・」
「只今戻りました。」
物陰から1人の男が現れた。
同じく沢山の羽を頭部に装着し、
片方の肩だけに動物の毛皮の様な物を纏っていた。
「ナルポか、話せ。」
ナルポ「ハッ!
マジョケテがあっさり討たれ、異人達が勝利しました。」
「やはり負け戦となったか。
決め手はなんだったのだ?」
ナルポは事の顛末を伝えた。
「ほう、それ程の兵器を異人どもは有しているのか。
結果から見ると、南のマプチェ達の優勢具合も怪しいものだ。
マジョケテを誘き出す様に誘導された展開の可能性が高い。」
ナルポ「おっしゃる通りで、マジョケテ達は踊らされた様に見えました。」
「しかし全滅は免れたとの事だが、それは何故だ?」
ナルポ「マジョケテが果てると
アウカマンがすぐさま
異人の武器を手に竜巻の様に暴れ出しました。
その隙に南方から加わった巨人達が、地面に転がる武器や死体を積み上げ壁を作り上げました。
異人達の追撃は壁の前に上手くいかず、
前線の軍は被害を最小限に抑え撤退する事ができた様です。」
「クリジャンカよ、お前の倅は頼もしいな。」
緑の生い茂る自然の宮殿の主は
空を見上げた。
「異人共の頭はどうだった?」
ナルポ「絶えず高笑いをしておりました。
戦の最中と言うのに、まるで世間話でもしている様でした。
ただ、誰よりも隙がなく相当な手練だと思われます。」
「その高笑い、
余裕から来るものなのか
それとも・・」
ナルポ「と、奴の側近に私が潜伏している事を勘づかれかけました。」
「ほう、人の気配を持たぬお前を。」
ナルポ「動物の気配に敏感、いや微かな違和感を感じ取れる者なのかもしれません。」
「もう少し情報が欲しい。
今しばらく高みの見物といこうぞ。」
「若様の仰せのままに!」
従者たちは口を揃えて応えた。
主は眠りについた。
-サンティアゴ バルディビア邸-
バルディビア「ネイラ殿、
リマから戻って早々鮮やかな采配であった。」
ネイラ「ハッ。」
バルディビア「所でなぜ敵総指揮者が
ああも見事に着弾ポイントで留まると分かったのだ?」
ネイラ「最初私が出向いた時に衝突した部隊は
今回の総指揮者であるマジョケテなる者の
息のかかった軍だったそうです。
彼らは妙な行動をしておりました。」
バルディビア「妙な事とは?」
ネイラはその時の状況を説明した。
バルディビア「ふむ、ワシらには敵の首を集める習慣がないが、回収部隊まで編成するのは妙じゃな。」
ネイラ「おっしゃる通りです。
そこであの部族達と交流のあったヤナクナ達から情報を集めました。
そしてマジョケテという者の人物像が見えてきました。」
バルディビ「ほう、どのような者とみたのだ?」
ネイラ「利益を掠め取る様なずる賢さ、そして欲深い人物の様でした。
また、表向きは猛々しさを持ってアピールするようなタイプとみました。」
バルディビア「なるほどな。それで前線が優勢とみて、まんまと自ら進軍してきたのか。
ただ、なぜあの場所に留まると踏んだのだ?」
ネイラ「実は軍が留まりやすい何ヶ所かのポイントに、目立つ装飾をした柵を設置しておりました。
その者の性格的に
そういった物を利用してアピールする可能性が高いと考えました。」
バルディビア「なるほどな。そやつは、こちらの使者も派手に葬ったと聞いておる。
格好のアピールの場を施してやったという事か。
案の定、大きく柵まで掲げて良い的になったのぅ。」
ネイラ「はい。ただ、既に全ての柵が押し倒されていたりしていたならば、エレロ殿の腕にかかる比重は高まっていたでしょう。」
バルディビア「戦場のマエストロ殿がワシの味方であるのは幸運な事だ。」
ネイラ「光栄でございます。」
バルディビア「大仕事をした後で申し訳ないが、
再びリマへ潜伏してもらう。
いよいよ内輪の件に決着をつけたいと思うておる。」
ネイラ「丁度良い頃合いと存じます。」
-2年前 1544年5月15日 リマ-
ペルー副王(ペルー総督)ブラスコ・ヌニェス・デ・ベラは
リマに着くとバカ・デ・カストロの歓待も早々に切り上げ、早速インディアス新法の執行に取り掛かかっていた。
その波紋は大きく、ヌニェスの元に不満を募る輩達がどっと押し寄せた。
ヌニェス「いかなる例外も認めぬ!!」
「頭の硬い役人が!!
こんな横暴が許されてたまるか!!」
ヌニェス「私に苦情を言った所で、何も意味をなさぬぞ。
私は法律を作成した者ではなく、ただの執行者に過ぎない!」
「お待ちを!
こいつはこの大陸の功労者の1人です。
親を失い、この若さで残された家族を支える為に必死で働いてきました。
恩賞をあてに本国からやっと妹達を連れてくる事が出来たのです!
こいつらはこれからどうやって暮らしていけば良いのですか?!」
「そうだ!そうだ!人でなし!!」
ヌニェス「ふっ、人でなしとな・・
その恩賞とやらの収入源は、
原住民を死ぬまでこき使って得られるエンコミエンダの事であろう。
果たして非人道的なのはどちらかな?」
「は?!あいつらを人扱い?おかしな事言いやがって!!」
ヌニェス「学のない輩どもが、話しても分からぬか・・」
「馬鹿にしやがって・・
俺たちが苦労して手に入れた成果をなんだと思ってる?」
ガラの悪い男がドスの効いた声でヌニェスに近づき凄もうとした。
「それ以上副王様に近づくのは許さん。」
ヌニェスに迫ろうとする者の前に、周りより縦にも横にも一回り大きい男が立ちはだかった。
男の名はロレンツォ・ベルナル・デル・メルカドという者で、後にチリのエル・シッドと呼ばれる人物である。
「な、なんだお前は?この人数相手にやるつもりか?」
ガラの悪い男達は、メルカドの圧に及び腰になりながらも剣を抜こうとしている。
メルカド「ご所望と言われればお相手いたそう。」
ヌニェスは毅然とした態度で言葉を発した。
「私達はカルロス一世様の命で来ておる。
その意味を貴様らは分からぬのか?」
「気に食わねぇ。
俺たちにこんな事をして、どうなるか分かってるのか?」
ヌニェス「話の通じぬ輩達よ・・
一体どうなると言うのじゃ?」
グハハハ!
突然下品な高笑いが輩達の遥か後方から聞こえた。
「お前ら、このお役人殿はわざわざ法律を執行しに来てくださったのだ。執行者とは王様の道具様よ。
道具様に訴えた所で何も変わらぬぞぉ。」
周りの者達はヌニェス含め、声の方向を向いた。
メルカド「道具様じゃと?
無礼者め!貴君は何奴だ?」
「俺かぁ?
俺の名はゴンサロ・ピサロよぉ。」
「何!ゴンサロ様だと?あのピサロ一族の。」
輩どもは、日和っていた面持ちから
一転して期待する様な眼差しでゴンサロを見つめた。
ゴンサロ「おーおー、皆良い目をしておるのぅ。
それでこそこの地で凌ぎを削った同志よ!!」
ヌニェス「貴君がどの様な者であれ、新法には従ってもらうぞ。」
ゴンサロ「俺は別にアンタらにとやかく言うつもりはない。
ただこのいたたまれない同志達の為に、
人肌脱ぐまでよ。」
「なんじゃと?!」
メルカドは剣の柄に手をかけた。
緊張感が走る。
ゴンサロはメルカドの手元に目をやる。
ゴンサロはからかうような口調で話を続けた。
「王の使いの方々ってのは、こんなにも物騒なのかね?
俺たちは汗水たして王国の為に働いてると言うのにあんまりだだぁ。えーん、えーん・・
なあ、お前らぁ??」
「そうだ!そうだ!」
輩達はゴンサロの言動に勢いづいた。
ゴンサロ「まっ、道具様には何を言っても仕方あるまいて。
俺はカルロス一世様にこの新法について抗議しようと思おうておる。」
「なんと!王へ抗議すると言うのか!
これは頼もしい!」
「この地での真の権力者はゴンサロ様よ。
お国は、ピサロ一族の力を見誤っておる。」
輩たちはヌニェスに全く怯まないゴンサロに
改めてこの地での権力者が誰であるか確信した。
ゴンサロ「インドアス新法とやらに不満がある者は、俺について来いやぁ!」
「俺はゴンサロ様について行くぜ!!」
「俺も!」
ヌニェス「王に訴えるのは自由だ。
ただ、こちらは任務を遂行させてもらう。」
ゴンサロ「どうぞ、ご自由にぃ。
野郎ども、行くぞ!」
「へい!」
ゴンサロ達はその場にいた不満を抱えたコンキスタドール達を引き連れてその場を後にした。
メルカド「ヌニェス様、
あのゴンサロと名乗る道化、用心した方が良いですな。」
「何事ですか?!ヌニェス殿!」
カストロが騒動を聞きつけ駆けつけた。
メルカドはカストロに事の顛末を話した。
カストロ「そんな事が・・
初代ヌエバカスティージャ州知事のフランシスコ・ピサロ殿が亡くなったとはいえ、この地でのピサロ一族の影響力は未だ健在ですぞ。
この様な強硬策に出られては、暴動が起きかねません。」
ヌニェス「強硬策と?
私は王の命により、ただ新法を実行しているだけです。
もし、暴動が起きたとしても命をかけて
法を遵守させるまでです。」
カストロ(情勢が読めぬのか?噂には聞いていたが・・この様な堅物を寄こすとは・・王はコンキスタドール達を滅するつもりか?バルディビアよ、難儀な事になってきたぞ。いくら王の使いとは言えど、現状のヌニェスの軍事力であのゴンサロ勢力を抑える事は難しいだろう。かと言って、この段階でゴンサロ派に明確についてしまうのも危険だ・・)
カストロ「そこまでの御覚悟とは・・
ヌニェス殿、貴君の法を遂行する精神に感銘を受けました。
私に出来る事がありましたら、何なりと協力させて下さいませ。」
ヌニェス「必要以上の手助けは結構。
私への引き継ぎ事項をしかと遂行して頂ければ
それで良いです。」
カストロ「要らぬ気遣いをしてしまいました。
それでは失礼します。
さっそく私は自身の業務を遂行させていただきます。」
カストロ(あのヌニェスたちの目・・ワシの身も危ういやもしれぬ・・)
ヌニェス「メルカドよ、カストロの監視を怠るでないぞ。
奴もまた新法に抵触している者と見ている。
ここでの腐敗、人権侵害の元凶の1人で間違いないだろう。」
メルカド「仰せのままに。」
・・数ヶ月後、カストロは裁判にかけられ投獄される事になる。
一方ゴンサロは軍を組織し、抵抗する構えを見せていた。
その様な状態でもヌニェスの苛烈な執行は続き、遂にはリマのアウディエンシアの者達までもが難色を示し始めた。
アウディエンシアとは<政庁>の事を言い、司法、行政、立法を司る機関である。
※ちなみにヌニェスはアウディエンシアのトップに位置する。
いつからか、ヌニェス派、アウディエンシア、ゴンサロ派の3つ巴の状態となっていった。
その様な緊張状態の中、ある日ヌニェスがイリャン・スワレス・デ・カルバハルという力のある行政官を処刑してしまう。
アウディエンシアの者達は、ヌニェスの行き過ぎた行動を危険視し、ヌニェスを拘束する事態に発展した。
1544年9月18日大聖堂のアトリウムで法廷が開かれ、アウディエンシアはヌニェスの解任を宣言し、近隣住民の同意を得て、彼の投獄を決定する。
そしてヌニェスをスペインへ送り返す為に、
一旦パナマへ移送された。
リマの統治はアウディエンシアの者達で行われる事になり、新法撤廃を条件に、ゴンサロ軍の解散を要求を試みた。
しかしゴンサロは軍の解散を拒否し、ペルーの統治権を要求し、さらに事態は混沌としてゆく。
さらにパナマで拘束中だったヌニェスの身にもすぐに変化が訪れる。
ヌニェスは改めて正当なペルー副王である事が国に認められ、トゥンベス(※注1)で副王軍を編成し混乱の収束に乗り出し初めた。
一方ゴンサロは一足先に1200人の精鋭を率い、カスティージャの旗を掲げて、リマに迫ってきた。
-1544年10月28日 リマ-
アウディエンシアでは、ゴンサロの要求を呑む、呑まないで意見が割れ、結論を出せずにいた。
「どうしたものか・・これはゴンサロの要求を呑むしかないのか・・」
「しかし、ペルーの統治権までゴンサロに渡すのは危険すぎる。」
その時、緊急事態が起こった。
「報告です!
リマの有力者達が処刑され、他の多くの有力者達は怖気付きゴンサロ側についた模様です!」
「何だと?!
まだ、奴らはリマの外のはずでは!
一体何が起きておる?」
衛兵は蒼い顔して応えた。
「どうやら先に潜伏していた者たちがいた様です・・」
※注1)グワナ兄弟の出身地のトゥンベス島(チリ)とは別の地名。現エクアドルとペルーの国境付近の都市
※ここでトカゲの血を飲む行為が出て来ますが、もし動物の血を飲む方をお気をつけください。
トカゲの種類や環境によっては、飲むと危険な場合や、感染症などのリスクもある可能性があります。
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