第13話「暗殺者」

-コパカバナ-

「チャンカノただいま戻りました。」

 

オトナ「戻ったか。

して、タワティンスーユの様子はどうであった?」

 

チャンカノ「マンコ様は宗教儀式に見せかけてクスコを脱出し、ビルカバンバを拠点としました。」

 

チカ「臆病なマンコにしては、よくやっておる。」

 

チャンカノ「一方で、

それを機にアルマグロが後ろ盾となり、

クスコではパウリュ様が帝位に就きました。」

 

オトナ「現在タワティンスーユは二分しておるという事か・・」

 

チャンカノ「ただ私の見立てでは、

マンコ様はそう長くはありませぬ。

おそらく、サイリ様が後を継ぐかどうかという所です。」

 

オトナ「なるほどな。

してアルマグロの勢力はどうなっておる?」

 

チャンカノ「それがまた複雑でして、

既にアルマグロの勢力は無力化し、

パウリュ様は最終的には新たな勢力の庇護下にあります。」

オトナ「新たな勢力・・」

 

チャンカノ「アルマグロ、そしてピサロよりも上位に位置する組織がこの地に本腰を入れてやってきた模様です。

その為、今までこの地で幅をきかせてきた者たちは立場が危うくなっている様です。」

 

チカ「ハハハ、なるほどのぅ。

道理で好き放題やってた者たちが慌てふためいてる訳じゃな。」

 

オトナ「チカ様、

これは油断なりませぬぞ。

このような事態を想定して、

バルディビアなる者がチカ様を抜擢したという事でもあります。」

 

チカ「分かっておる。

ところで、ピサロはどうなっておるのじゃ?」

 

チャンカノ「暗殺されました。」

 チカ「ほう。

悪党らしい最後じゃのう。」

 

チャンカノ「実は当時アルマグロ陣営に属しておりまして、

私も成り行きでピサロの暗殺計画に加わる事になっておりました。」

 

オトナ「足はついてないのであろうな?」

 

チャンカノ「はい、抜かりはありませぬ。」

 

チカ「しかし、良く暗殺が成功したのぅ。」

 

チャンカノ「それが暗殺部隊に恐ろしく手練の者が混じっておりまして、ピサロを仕留めてしまいました。

速さであれば私をも凌ぎます。」

 

オトナ「なんと!それ程の者がおるのか・・」

 

チャンカノ「しかも年端もいかない少年でして、信じ難い光景でした。」

 

 

 

-1543年 ペルー南部-

アルバラドが死に主を失ったカスティニャダ達は、ビルカスウアマンからクスコに向けて旅をしていた。

カスティニャダ「ここは・・

人目を忍んで来たのはいいものの

南に行き過ぎてしまった様だ。」

 

そこには幾つもの円錐形の10メートル近い岩々が永遠と続く

神秘的な光景が広がっていた。(※注1)

 

ロレンツォ「へぇーここが噂の。

まるで森が石化してしまった様ですね。」

 

カスティニャダ「ここから北西に向かえばアバンカイ、より西に向かえばクスコか・・

遠いな。」

エレロ「まあ、気長に行きましょう。

なかなかお目にかかれない景色も見れましたし。」

 

ロレンツォ「なぜ、貴方がそんなリーダーみたいな事を言うんですか?」

 

エレロ「まあまあ、

ここに立ち寄ったのはそんな悪いことでもないみたいですよ。」

 

エレロはそびえ立つ岩の一つに空いてる穴を指差した。

 

そこには食糧らしきものが収められていた。

 

カスティニャダは辺りを見渡すと、幾つもの似た様な岩を見つけた。

 

カスティニャダ「どうやらここは

原住民の天然の貯蔵庫といった所か。

旅の足しになりそうだ。」

 

ロレンツォ「えっ!?

僕たちがこれを食べるんですか!?」

カスティニャダ「もちろんヤナコナ用に決まっておるだろう。」

 

ロレンツォ「ほっ・・

びっくりしたぁ。」

 

カスティニャダはパンを手に取りながら言った。

「我らはもちろんこいつだ。」

 

カスティニャダ「ヤナコナ!

ここにある食糧を馬車に積み込め!」

 

ヤナコナ達は岩々に保管してある食糧を荷馬車へ積み込み出した。

 

カスティニャダ「こんなもんでいいだろう。

原住民に見つかる前にここからずらかるぞ。」

 

カスティニャダ一行はその場から離れ、さらに岩の森を進んだ。

 

カスティニャダはパンを眺めながら呟いた。

「たまに思うことがある。

我らの真の主ってのは、コイツらじゃないかって。」

 

ロレンツォ「え?!

何ですか?!急に?!

アルバラド様が亡くなっておかしくなったんですか?」

 

カスティニャダ「まあ、聞け。

例えば生きるものの本懐ってのが、同胞を増やすことであるならば、コイツらに人間達は支配されていると考えられなくないか?」

 

「え・・?」

ロレンツォはますます怪訝そうな顔をしている。

 

「カスティニャダさんの言ってることはなんとなく分かります、私は農民の出なので。」

エレロがカスティニャダ達の会話に混ざってきた。

 

「またまた、エレロさんは調子がいいんだから・・」

ロレンツォはエレロにさらに怪訝そうにして顔を向けた。

 

エレロ「小麦というのは、植物の中でも貧弱な存在なんですよ。

だから一生懸命世話してやらないと、彼らはたちまちこの世から姿を消していたかもしれません。」

 

ロレンツォ「小麦に彼らって・・相変わらず頭おかしいですね。」

 

エレロはにっこり微笑んだ。

「それが今や人間がせっせと彼らの繁栄を手助けして、たちまち世の中に溢れています。

そういう意味では、人間は小麦の奴隷なのかもしれませんね。」

 

ロレンツォ「それは牛だって同じじゃないですか?

けれど、いくら牛が増えたって、牛は僕たちに食べられる為に生まれてきてますよ?

そんな存在ってどうなんですか?」

 

カスティニャダ「確かにそうなんだがな。

もちろん喰われるのは勘弁してほしいが、今の人間だって惨めに見える時がある。」

 

ロレンツォ「?

ヤナコナ達の気持ちになって何か考えてるんですか?」

 

カスティニャダ「いや、ヤナコナは人間ではないだろう。

例えば、多くのものを支配している我々でさえ、時間や未来の奴隷なのではないかと思うときがある。」

 

エレロ「こんな話がありますね。

狩りのみをして暮らしている人たちに比べて、畑を耕している者の方が労働に費やす時間が格段に多いと聞いたことがあります。

農耕を覚え未来への計算がより出来る様になり、逆に時間に追われる様になったと。」

 

カスティニャダ「航海中は特に良かった。

待ち望んでいる手紙も、煩わしい手紙も届かない。

地上でいるのと違い、単独で何処かに行くことも出来ない。」

 

エレロ「海上では、様々な事を諦めなくてはなりませんからね。

不自由ゆえに縛られないってとこですかね。」

 

ロレンツォ「2人とも何を言ってるんです?

待ち望んでる手紙なら早く受け取りたいじゃないですか?」

 

カスティニャダ「例えば、技術が進歩し、はるか遠くの地とすぐに連絡が取れる様になったらどうする?」

 

ロレンツォ「便利で快適じゃないですか?

使わない手はないですよ!」

 

カスティニャダ「そう便利なものは使わずにいられない。

そしてより多くの事を気にかける様になる。

そんな世の中は、結果的に窮屈だと思うがな。」

 

ロレンツォ「そんな事言って、便利な事は取り入れていかないと、時間よりも前に誰かに支配されちゃいますよ。」

 

カスティニャダ「まあ、知ってしまった者は取り入れていくしかないんだろうな。」

 

ロレンツォ「そうですよ。

考えたとこで何も変わらない話より、今に目を向けましょうよ。」

 

カスティニャダ「そうだな。

ん?黄色い花が見えてきたな。」

エレロ「砂漠地帯に入りましたし、

この花はアマンカイ(※注2)でしょうね。」

 

ロレンツォ「綺麗な花ですねぇ。

こんな場所に咲いてるなんて、

むしろ場違いに感じてしまいます。」

 

カスティニャダ「アバンカイも近いと言う事か。」

 

ロレンツォ「場違いと言えば、

サンティアゴって街が襲撃された話知ってます?

なんでも女の人が窮地を救ったらしいのですが。」

 

「ん? 

何かがこっちへ向かってくるな。」

カスティニャダの視界に人影が見えた。

 

エレロ「どうやら追われてるみたいですね。

あの集団は、確かピサロ様の傘下の人たちだったと思いますが。」

 

カスティニャダ「なんだ、盗人でも追ってるのか?」

あいつは・・」

追われていたのはカスティニャダ達に仕えていたアマルというヤナコナだった。

 

エレロ「どうしましょうか?撃ちましょうか?」

 

カスティニャダ「いや、あやつは使える。

あやつ大分疲弊しているみたいだな。

追ってるヤツらは10人ほどか・・」

 

ロレンツォ「まさか・・」

 

カスティニャダ「あやつを保護するぞ。

ピサロ兵だって、俺たちに攻撃してこないとは限らない。」

 

エレロ「そうでした。私たちは彼らとは敵対する派閥でした。」

 

カスティニャダ「幸いこちらは旗も何も掲げてない。

エレロ、銃兵に構えさせておけ。」

 

アマルがこちらに気付く。

 

カスティニャダはアマルへ頭を下げる合図を送った。

 

エレロ「そろそろですね。

皆さん撃ってくださーい。」

 

ドンドン!

 

アマルが頭を下げた同時に、バタバタと追っ手の者たちが倒れていく。

 

ザシュ

辛うじて息があった者にロレンツォが

瞬く間に近づき容赦なく止めを刺した。

 

カスティニャダ「久しぶりだな。」

 

「カスティニャダ様・・」

アマルはそういうとその場に倒れ込んだ。

 

エレロ「どうして追われてたんでしょうね?」

 

カスティニャダ「確かエルモソ様のとこへ派遣されたはずだが、まさか・・

そういう事か。」

 

エレロ「それって、結構厄介なのでは・・」

 

カスティニャダ「・・しばらくは一目に触れさせない方が良さそうだな。

コイツを見えない様に馬車に押し込んでおけ。」

 

兵士達がアマルを馬車に詰め込むと、

カスティニャダはアマルに話しかけた。

「おい、俺の許可がなければ、どんな事があっても馬車から出るなよ。」

 

アマル「はい、カスティニャダ様。」

 

 

 

-数日後 クスコ-

バルディビアの友人であるバカ・デ・カストロはヌニェスが赴任する前に勢力的に動いていた。

 

ディエゴ・デ・アルマグロ・エルモソの討伐、現アルゼンチン北部への探索と奔走していた。

 

現アルゼンチン北部の遠征では、優秀な人材であるディエゴ・デ・ロハスを先住民との抗争で失う事になるが、トゥクマンの地の発見は大きな功績となった。

 

コルドバ「エルモソの処断は英断でしたね。」

 

カストロ「アルマグロの勢力はもはや風前の灯となっておった。

しかもエルモソは原住民の間で生まれた者。

処断した所で、賞賛はされても非難はされまい。」

 

コルドバ「しかし、まだアルマグロ派の残党がいるとは聞いてます。」

 

カストロ「そうだな。

確か先ほどバルディビアの配下の者達が到着したそうな、彼らにも協力してもらうとしよう。

呼んでまいれ。」

 

コルドバ「ハッ。」

 

コルドバは2人の人物を連れて、カストロの部屋へ戻ってきた。

 

コルドバ「カストロ様、ロドリゴ・デ・キロガ殿とイネス・スワレス殿をお連れしました。」

 

カストロ「貴君がキロガ殿だな。

お噂はかねがね聞いておる、会えた事を嬉しく思うぞ。」

 

キロガ「身に余るお言葉。

私もカストロ様の事は、主バルディビアからよく聞かされております。」

 

カストロ「して、隣いるのは今話題のイネス殿だな。

どんな勇ましいご夫人が来るのかと思っておったが、まさかかような美しい姫君だとは。

バルディビアが夢中になるのも頷けるわ。」

 

イネス「お会いできて光栄です、カストロ様。

バルディビアが話していた通り、威厳に溢れ、大人の魅力に溢れておりますね。

今日お会いしたのが、まるで初めてでないように感じてしまいます。」

 

カストロ「ハハ、バルディビアは良い部下を持っておる。

こちらに到着して早々ではあるが、優秀なお二人に頼みがある。」

 

キロガ、イネス「ハッ、何なりとお申し付け下さい。」

カストロ「エルモソを処断したとは言え、アルマグロ派の残党がワシの命を狙っているやもしれぬ。

そこで、貴君達にも洗い出しを手伝って欲しい。」

 

キロガ「かしこまりました。

だいたいめぼしい方は、こちらの傘下に加わったか、誅殺されたとは聞いております。

残る要注意人物は、アルマグロ殿のチリ遠征に派遣された者達ぐらいかと思われます。」

 

カストロ「ほう、キロガ殿は情勢に詳しいのう。

ここクスコ周辺では、アバンカイ側が最も警戒すべき地域だと踏んでおる。」

 

キロガ「アバンカイまで行けば砂漠地帯なので隠れようがないですが、

クスコへと向かう道は森林地帯があるので、潜むには絶好の場所と言えますね。」

 

カストロ「ふむ、その一帯はキロガ殿たちに任せるのが良さそうだのう。

その辺りの探索を頼みたいのだが。」

 

キロガ「早速、そのような大任を仰せつかり光栄です。

それでは早速出立して参ります。」

 

キロガ達は颯爽とその場を後にしようとした。

 

カストロがもう一度2人を呼び止めた。

「お二方、今宵は歓迎も兼ねて酒宴を開こうと思う。

楽しみにしていて下され。」

 

キロガは上品に、イネスは艶のある会釈をして、その場を後にした。

 

カストロは口元を緩ませながら呟いた。

「なんとも色っぽいのぅ。

バルディビアめ、既婚者のくせに欲張りなヤツよ。」

 

 

-クスコ近郊 森林地帯-

キロガはビルカスウアマンからクスコへ向かう一団があるという情報を聞きつけ、イネスと共に兵を引き連れ、想定しうる場所で待機をした。

 

キロガ「カストロ殿の貴女を見る目、あれは惚れてしまっているかもな。

宴の席では用心なされよ笑」

 

イネス「バカを言え。

カストロ殿は神童と言われた程の傑物、

流石に親友の女に手を出す訳なかろう。」

 

キロガ「英雄ローマのカエサルだって女で失敗してるんだ、功績と女性問題は別物さ。

言ってみればバルディビア様だって。」

 

イネス「・・確かにそうだな。

まあ、用心しておく。

というか、宴の席でお前がずっと私の側にいよ。」

 

キロガ「・・一瞬ドキッとしてしまいました。」

 

イネス「お前まで何を言っておるのだ?」

 

キロガ「ハハ、ただ真面目な話それはお断りします。

カストロ様に嫌われたくないですし。

頑張ってご自身の魅力を抑えて下さいませ。」

 

イネス「正直なやつよ。まあ、うまくやる。

所で、さっき言ってた要注意人物ってどんな奴らなんだ?」

キロガ「そうですねぇ、具体的には3人います。

1人は攻撃に長けており、様々な戦い方を熟知しておりますが、一撃必殺に拘りがあります。」

 

イネス「そやつを生け捕るのは難しそうだ。

どちらかが死ぬかもしれぬな。」

 

キロガ「もう1人は武器の扱いに長けており、敵に回すと損害が大きいでしょう。

ただし常に金に困っているので、その点で交渉すればどうにかなるでしょう。」

 

イネス「なんだギャンブル狂か何か?」

 

キロガ「最後の1人は、個としてはとにかく守りが硬いです。

ただ統率力、冷静な判断力を持ち合わせている為、もし3人一緒でいるのであれば、彼をなんとかしないと危険です。」

 

イネス「なるほどな。

もしその3人と同時に遭遇する様なら、そいつは私がやる。」

 

キロガ「ちなみにその者の特徴は、短髪、鋭い目つき。髭、銀色の甲冑、ロングソードです。

まあ、最悪こちらには最終兵器も念の為ありますので、大丈夫でしょう。」

 

イネス「丁度、お前が言ってた通りのヤツが目の前に現れたぞ。」

キロガ「ほんとだ、おそらく彼ですね。」

 

イネスは標的を見るや否や、飛び出していった。

 

キロガ「ちょっ、イネスさん?」

 

 

 

※注1

この壮大な岩石景観は、約400万年前のカルワラス火山とソタヤ火山の噴火、
そして雨風の影響で幾つもの円錐形の岩が出来たと推測されている。
また岩の内部には大きな空間が出来ているものもあり、現地の人々はそこに食糧を保管していたとも言われいる。
岩の形がスマーフの家に似ていることから「スマーフの村」、もしくは「アンデスのゴブリンの村」、現地では「死者の洞窟」とも呼ばれている。

 

※注2

アマンカイはペルー固有の植物の一つで、砂漠に生息する不思議な花である。黄色い水仙の事でケチュア語での意味は「アンデスの花」。

クスコに近い都市アバンカイの名は、アマンカイが咲く地域にちなんで名付けられた。

 

コメント